「父さんが焼く肉は美味しいんだ」
岩場に腰掛けたラグナーが、地面に届かない足をぷらぷら揺らしながらいった。彼の足元で、拾ったばかりの形のいい石を手弄っていたグローグーが、ゆっくりと顔を上げ、平たく長い耳を上下に動かした。
「グローグーもきっと気に入ると思うよ」
食べ盛りの子供には特に魅力的なご馳走を想像しているのか、ラグナーを見上げるグローグーの黒目がちの目がきらきらと輝く。
「今夜食べにこない?」ラグナーは岩場から飛び降りた。「父さんに言っておくからさ。ジャリンさんも誘ってきなよ」
ディンがラグナーに夕食を一緒に食べようと誘われたのは、グローグーがローブを砂だらけにして戻って間もない頃のことだった。なんでも、ヴィズラが食事を振る舞ってくれるらしい。
「父さんがね、大きい肉を焼いてくれるって」
父さんの焼く肉は美味しいんだと、得意気にラグナーはいった。グローグーは食事の誘いがよほど嬉しいのか、ラグナーに駆け寄り、短い両手を伸ばして、興奮のあまりふがっと鼻を鳴らしている。すっかり上機嫌なグローグーを見て、ディンは誘いをありがたく受けることにした。
迎えにきたラグナーにグローグーを任せ、ディンは街へ買い出しに行った。男ふたりに、食べ盛りの子供もふたりいるのだから、食材は多い方がいいだろう。チーズにパン、野菜も買った。食材の詰まった紙袋を抱えて、ディンはヴィズラの居住スペースに向かった。
マンダロリアンたちが『ネヴァロ』の西部一帯の広大な土地を譲り受けてから日は浅いが、人目を忍ぶ必要のなくなった同胞たちは、新たな土地での生活にも慣れてきたように思える。部族の未来である孤児たちが、燦々と降り注ぐ太陽の下でのびのびと過ごすことは素晴らしいことだ。グローグーやラグナーも、これからこの地ですくすくと育っていくのだろう……。
歩きながら、ディンは肉が焼ける香ばしいにおいを嗅ぎ取った。目の前の大岩の向こうから漂ってきている。紙袋を抱え直して、岩の横を通り過ぎた。
ヴィズラが焚き火の前に転がった丸太に腰掛けていた。手元には手動の回転式の串焼き器があり、太く長い串に刺さった塊肉が火に炙られていた。その傍ではラグナーとグローグーが並んで胡座を掻いて座っている。膝には、空いた皿がちょこんとのっている。
「来たか、ジャリン」火に赤々と照らされたヴィズラは、ほんの少しだけ顔を上げたが、バイザー越しの視線はすぐに肉に戻った。「遅かったな」
「食材を持ってきた」
ディンは火の前で足を止めてしゃがみ込んだ。ヴィズラの横には折りたたみ式のテーブルがあり、まだ使われていない大きな俎板とナイフがのっていた。調味料の入った革袋もあった。
「子供たちが食べると思って、色々持ってきた」
「なにがある?」
「チーズとパン。あとは野菜を少し」
「よかったな。今夜は馳走だ」
串焼き器から手を離さずにヴィズラが囁いた。ラグナーが嬉しそうに笑った。グローグーもきゃあと喜んだ。
「もう食える頃だ。全部パンにのせてやろう」
「そうしよう。借りるぞ」
ディンはテーブルに紙袋を置いてパンの包みを取り出して、子供たちが食べやすいようにナイフで薄く切り分けた。それから野菜——トマトとタマネギ——を輪切りにした。レタスも千切った。どれも瑞々しく、新鮮だ。肉はヴィズラに任せるので、パンと野菜は広げた包みにのせて、テーブルの端に寄せた。
腹ペコの子供たちを前に共同作業がはじまった。ヴィズラが串焼き器を持ち上げて、焼けた肉を俎板に置き、串を引き抜いた。よく研がれたナイフが肉の塊の側面を削ぐと、切り口から肉汁が溢れた。子供の頭ほどある大きさの肉が、豪快に厚く切られていく。
ディンはパンにレタスを敷いてヴィズラに差し出した。ナイフに刺さった肉がレタスに落とされ、そこにトマトをのせる。
「チーズも炙るか」
ヴィズラは平行にしたナイフの刃に、適当にカットしたチーズをのせると、ゆらゆらと揺れる火に翳した。チーズはあっという間に溶けた。ナイフの刃がパンに戻り、とろとろに溶けたチーズがたっぷりと肉に降りかかる。チーズの糸が途切れてから、ディンは一番上にもう一枚パンを被せた。これで、四角いバーガーの完成だ。できたてのバーガーを、食事に誘ってくれたラグナーの皿にのせてやる。ふたつめのバーガーもすぐにできた。グローグーが抱きかかえている皿に置くと、子供たちは大喜びした。
「あっちで食ってくるといい」
「うん」
父親に促され、ラグナーが立ち上がった。彼は近くの岩場の裏に回った。
グローグーは小さな手でバーガーを挟み込もうとしたが、厚すぎて持ち上げることもできなかった。もう少し小さくしてやろうか訊ねたが、グローグーは首を横に振った。彼はパンとチーズのかかった肉を持ち上げて、交互に食べはじめた。はじめて食べるバーガーに感動しているのか、耳だけを忙しなく動かして頬張っている。
「これすごく美味しいよ!」
岩の裏からラグナーの声がした。ディンは思わず相好を崩した。
「お前も食え、ジャリン」
パズが皿を差し出してきた。肉が二枚挟まっていて、結構分厚い。
「ありがとう」
皿を受け取り、ディンは岩場の陰に移動した。ヘルメットを外し、がばっと口を開けてバーガーに齧り付く。勢いで具材が反対側からこぼれ落ちそうになって反射的に仰け反りそうになり、慌てて持ち直した。バーガーはあまり食べたことがないので、どうやって持てばいいのか迷う。指の位置を間違えれば、具材は落ちるだろう。
「……ん」
口一杯頬張りすぎた……。眉を寄せ、咀嚼する。肉の旨みが舌の上に広がった。脂が甘い。香辛料と塩が絶妙だ。これはたしかに美味い。野菜もシャキシャキしていて、トマトの酸味が肉の旨みを引き立てている。味は口の中で複雑に混ざり合って、ひとつになった。噛めば噛むほどクセになる味わいだ。一口、二口と食べ進めるごとに食欲が刺激される。とにかく、肉が美味い。
バーガーを平らげ、口元を親指の腹で拭い、ヘルメットを被って、グローグーのことが気になって火の傍に戻った。
「ぷぅわ」
グローグーはバーガーを分解して食べていた。口の周りは、肉の脂でてらてらと照っている。ヴィズラが焼いた肉がよほど気に入ったのか、おかわりをねだった。夢中で食べる姿に、思わず笑みが溢れる。
「美味いか?」
掴んだ肉を頬張っているグローグーに、ヴィズラは穏やかな声音で訊ねた。グローグーは何度も小さく頷き、喃語で一生懸命答えた。
「お前は肉を焼くのが上手いな。柔らかくて、噛めば噛むほど旨みが出る。味付けも香辛料が効いていて食欲をそそられる」
「親父に教わった」ヴィズラはそう言って、頼んではいない二つ目のバーガーをディンが置いた皿にのせた。「気に入ったならもっと食え」
火は絶えることなく燃え続け、肉も、パンも、チーズも、野菜もなくなった。バーガーは男ふたりと食べ盛りの子供たちの腹を満たした。
虫の鳴き声を背景雑音にして、後片付けをした。子供たちは先に帰した。今頃ヴィズラのテントで揃ってうとうとしているかもしれない。焚き火に当たっているのは、ディンとヴィズラだけになった。
「今夜は、ありがとう。美味かった」
「礼を言うのは俺の方だ。お前たちを食事に誘いたいとラグナーがいってきた時は驚いたが、あんなに喜ぶとは思わなかった」
「今度は俺が夕食を振る舞おう。うちにきてくれ」
「その時は邪魔する。大勢で食った方が美味い」
「そうだな。誰かと食べるのも悪くない。まるで——」
はっとして、ディンは口を噤んだ。
「まるで、なんだ?」
ヴィズラは言葉の続きを催促するように首を傾げた。ディンは唇を真一文字に引き結んで俯いたが、すぐに顔を上げた。
「家族みたいだな、俺たちは」
一刹那、ヴィズラの肩から力が抜けるのがわかった。バイザー越しに視線が絡まる。なぜか、心臓が早鐘を打っている。
「ああ。家族ぐるみの付き合いというのも、いいものだな」
ヘルメットの下で、ヴィズラが笑った気がした。ディンの胸の中で切なさを孕んだ安堵感が広がった。
「……今夜は、ありがとう」
もう一度そういって、ディンは俯いた。安堵感は衝動へと形を変えた。俺の伴侶になってくれないか、と口から飛び出しそうなくらいの勢いとなった衝動を、ディンはなんとか堪えた。
「あの子が眠る前に、連れて帰るといい」
「そうする」
勢いが弱まった火に炙られて、ディンの中にある親愛が溶けていく。ヴィズラの横顔を見詰めたまま、ディンはふっと肺腑にこもった熱を吐き出した。しばらくの間、ここを動くつもりはなかった。もう少しだけ、ヴィズラの隣で、火に当たっていたかった。