Marks We Leave

 入団の儀を行う孤児のヘルメットを鋳造していて手が離せないアーマラーから言伝を預かったので、ディンはヴィズラの元を訪ねた。彼は自身の居住スペースで、アーマーの手入れをしていた。
 胸当てブレストプレート肩甲ポールドロンだけでなく、手甲ガントレット脛当てグリーブ膝当てボウレインも外したヴィズラは無防備だった。白い縦線の入った黒いフライトスーツと、灰褐色のクロッチガード。アーマーを身に着けていない姿を見るのは、子供の頃以来かもしれない……。
「アーマラーから伝言を預かった」
 努めて平静にディンはいった。用件を伝える間も、ヴィズラは肩甲ポールドロンを、マンダロリアンなら誰もが持っている特殊な黒い研磨布で拭き続けている。
 用事がすんでも、ディンはその場から動くことも、ヴィズラから視線を逸らすことができないでいた。ヴィズラの筋肉の詰まった大柄な身体をこうも近くで見られることは稀だ。
「なんだ」
 視線に気付いたヴィズラが首を傾げた。
「珍しいものを見ている気分だ」
「お前じゃなきゃ追い払っている」ヴィズラは手を止めて、コンテナに座ったまま身じろぎした。「こんな姿を見せるのはお前だからだ」
「ずいぶん、俺に絆されているな」
「勘違いするな。ナニも尻の穴も見ている仲であるお前に今さら隠すものなどないだけだ」
「いいや。昔のお前なら、そんな仲でもアーマーを外した姿は見せなかったはずだ」
 ヴィズラは黙り込んだ。ヘルメットのバイザー越しに視線がぶつかり合う。ディンは鷹揚とヴィズラの傍まで歩み寄り、隣に腰を下ろした。
「……絆されているのか、俺は」
 共同体で一番の恵体に似つかわしくない小さな声だった。ディンはふっと笑って頷いた。顔を巡らせたヴィズラとヘルメットが引き合って、額が重なった。かつりと跳ねた澄んだ金属音は、ふたりの間にある温かな絆が絡み合う音だった。
「アーマーの手入れが終わったら、手合わせしないか」
 ヴィズラは咳払いをした。「付き合ってやる」今度は、いつもの彼らしい声量だった。

 洞窟の外で戦闘訓練をしていた同胞や孤児たちは、対峙しているディンとヴィズラの雰囲気に圧され、誰もかれもが息を呑んで立ち尽くした。視線はふたりに注がれ、辺りには緊張感が漂っている。
 ヴィブロナイフを構えたふたりは、数メートルの距離を置いて向かい合ったまま、相手がどう出るのか様子を窺っている。
 乾いた風が吹き抜けて、先にディンが駆けだした。空中で二本のナイフが交わり、切っ先が相手の刃を弾き、剣戟が反響した。ディンの一閃がヴィズラの胸当てブレストプレートを掠め、ディンの肩甲ポールドロンがヴィズラの突きを受け流す。素早さと力のぶつかり合いだった。何度もぶつかりあっては離れ、またぶつかり合う。激しい手合わせだった。
 ヴィズラの重々しい一撃を躱したディンの刃が、手甲ガントレットに覆われていない腕の側面を切り上げた。だが、ヴィズラは動じることなく、頭突きを喰らわせて、仰け反ったディンの脇腹を薙いだ。足元の柔らかな砂地に、鮮血が散った。
 その時、張り詰めた空気を打ち砕く重厚な金属音が鳴り響いた。それを合図に、ふたりはぴたりと動きを止めた。その場にいた皆の視線が音のした方へ向く。
 洞窟の入口に、アーマラーが立っていた。彼女は鍛冶場で使用している手槌と火鋏を掲げて、二度大きく打ち鳴らした。ディンとヴィズラは叱られた子供のように項垂れた。熱くなりすぎたふたりは、ホルスターにヴィブロナイフをしまい、傷の処置をするべくその場をあとにした。

 ふっと気配がして、眠気で溶けかけていた意識が覚醒し、ヴィズラは瞼を持ち上げた。横たわっているマットレスから起き上がると、「起きているか」テント型のコフィン・ベッドの外で、ディンの声がした。返事をする代わりに締めていたフロントパネルのジッパーを下ろすと、手が差し込まれ、ディンが中を覗き込んできた。
「入ってもいいか?」
「ああ」ヴィズラはのろのろと身体をずらした。体格のいい男ふたりが並ぶと、コフィン・ベッドはあまり余裕がなくなる。
「昼間の傷は、痛むか」
「大した傷じゃない」
 ヴィズラは即答した。事実だった。頑丈なフライトスーツのおかげで、傷は浅かった。
「お前の方は」
「俺の方も大したことない」
「そうか」
 素っ気ない態度で接してみるものの、隠しきれない熱がふたりの間を漂った。ディンが孤児を寝かしつけた夜更けにここへくる理由はわかっている。
 肺腑にこもった湿った吐息を漏らして、ヴィズラはディンを組み敷いた。
「アーマーを外してもいいか」
 鋼鉄の口付けの最中、ディンが囁いた。「好きにしろ」と返すと、彼は手早く自分の胸当てブレストプレートを外した。それからフラックベストをはだけさせ、フライトスーツの上下を繋ぐジッパーもずらして生地を首元までたくし上げ、胸元を露出させた。片隅に置かれたランプの仄燈に浮かび上がったのは、控えめな胸筋と、無駄な肉の付いていない括れた幅広の腰だ。ディンはフライトスーツの下もずらした。引き締まった太腿が剥き出しになる。
「なんのつもりだ」
「お前に触れてほしくなった」
 ヴィズラは黙ってまじまじとディンの肉体を見下ろした。左の脇腹の上部、肋骨に沿うようにして、真一文字の新しい切り傷があった。
「これは……昼間に俺がつけた傷か」
「この傷が癒えて、いつか痛んだ時、俺はお前を思い出す」
 喉の奥で低く笑ったディンの身体は、古傷だらけだった。色の白い肌に残る傷痕は、形も大きさもバラバラだ。バクタ・スプレーで処置せずに縫合した傷もあるのか、もじれて皮膚の色が変わっているものもある。傷は戦士としての誉だが、賞金稼ぎという家業がいかに過酷なものなのか思い知らされる。
 ヴィズラは指先でディンの右の脇腹に残る銃痕に触れた。
「これは、いつの傷だ」
「それは……たしか、五年前にドロイドに撃たれた時のものだ」
「……こっちは」
 今度は太腿に走る長い傷をなぞる。
「それは賞金稼ぎになりたての頃に、ターゲットに切られた傷だ」
 ディンは、いつ負った傷かすべて記憶しているのか、ヴィズラの問いに淡々と答えていった。裂傷。火傷痕。銃痕……。ヴィズラは、自身が知らないディンの過去を辿っていった。傷痕は、ディン・ジャリンという男の生きる証でもあった。
 ゆっくりと上下する胸に手を置くと、手袋グローブ越しに、生き生きと拍動するディンの鼓動を感じた。傷跡だらけの魂は崇高だった。マンダロリアンとして生きるこの男に傷を残した——ヴィズラは静かな興奮を覚えた。
「パズ」
 胸に置いていた手を掴み取られた。指先を握られる。
「傷なんて、今はどうでもいい。抱いてくれ」
 首のうしろに手が回って、抱き寄せられた。ヘルメットが密着する。熱烈な口付けに、ヴィズラは応えてやった。
「俺も、腕の傷が痛むたびにお前を思い出すだろう」
「それは、光栄だ」
 鼓動に合わせて傷口がじくじくと痛みだして、ヴィズラは顔を顰めた。肉体に宿る熱を冷ますように求め合い、互いを貪りあっている間も、塞がったばかりの傷は鈍く疼いた。魂に刻まれたディンの爪痕は、甘美なものだった。