Small Treasures

 ラグナーが足を止めて振り返ると、少し距離を置いた先で、自分の膝丈にも満たない身長の子供——孤児のグローグー——が小さな歩幅で走り寄ってくるのが見えた。グローグーはラグナーの目の前までやってくると、じっと彼を見上げて、舌っ足らずになにかいった。意味を成さない幼子の言葉だ。
「遊びたいの?」ラグナーが首を傾げると、グローグーはこくこくと頷いた。「いいよ」
 以前訓練用ダートで手合わせをしてから、妙に懐かれてしまい、グローグーはラグナーの姿を見掛けては、幼児特有の喃語で話し掛けてきたり、狭い歩幅であとを追ってきたり、なにかと構ってくるようになった。ラグナー自身、悪い気はしない。友達は多い方がいい。それに、自分よりもずっと小さなグローグーは弟のようにも思えた。
「きれいな石を探してるんだ。みんな友達にあげたり、交換したり、宝物にしてるんだ」
 グローグーの薄く開かれた口から小さな小さな前歯が見えた。
「一緒に探そう」
 ふたりは柔らかな砂を踏み締めて、水辺に向けて揃って歩き出した。
 最近、子供たちの間では、きれいな石を見付けるのがちょっとしたブームになっている。傷がなく、丸っこくて、滑らかで手触りがよくて、光沢がある石は特に珍しがられる。ラグナーもここ数日石探しに熱中しているが、なかなか見付からない。今日は場所を変えて、洞窟ではなく水辺を探すことにしていた。
「ここにしよう」
 ラグナーが水面を見据えてしゃがみこむと、グローグーも身を屈めた。
 砂の中に手を突っ込むと、埋もれている硬い石の感触がした。鷲掴みにして引っ張り出して砂を払う。掴んだのは、形の悪いざらついた石だった。ヘルメットの下で唇を尖らせ、ラグナーは石を背後へ放り投げた。
「きれいな石を拾ったら、父さんにあげるんだ」
「ぷきゃ」
「友達にあげるのもいいけど、僕は父さんにあげたいんだ」
「ぷぅわ」
 風が吹いて、日差しを反射させていた水面が煌めく。ふたりで黙々ときれいな石を探した。足が疲れてきて、砂浜に座り込んで、時々ぼーっと遠くを眺めて、また石を探した。ふと思いついて戯れにグローグーに砂をかけると、彼は楽しそうに笑って砂をかけ返してきた。ラグナーもつられて笑い、砂をかけ合った。グローグーは興奮するあまり鼻を鳴らして走り回った。
 宝探しを忘れてじゃれあう中で、ラグナーは砂に足を取られて前のめりになって、たたらを踏んだ。踏みとどまったが、結局転んだ。苦笑いをして起き上がろうとした時に、砂に埋もれた掌になにか触れた。膝を突いたままそれを掘り出した。黒っぽい、楕円型のつやつやの小石だった。角度によっては深い青色にも見える。
「見て、これきれい」
 グローグーが歩み寄ってきた。ラグナーの掌の上で、鉱石は陽光を吸って魅惑的に照っていた。
 太陽が西に傾くまで石を探した。グローグーは子供たちが羨みそうな石をふたつも拾った。ひとつは蜂蜜色の美しい石で、もうひとつは完璧なまでに真っ白な無垢な石だった。グローグーが大事そうに両手に握り締めるのを見て、ラグナーも嬉しくなった。
 気が付けば、空は昼と夜の境界線が曖昧になっていた。砂浜に並ぶ不揃いな子供の影は、長くなっていた。

 訓練を終えてから、遊びたい盛りである子供たちは腹を空かせて帰ってきた。グローグーとラグナーも——水辺でじゃれあっていたのを、ヴィズラと共に遠くからずっと見守っていた——ディンたちの元に戻ってきた。よほど楽しかったのか、グローグーはご機嫌だ。
 子供たちは顔を見合わせて、ディンとヴィズラを見て、また顔を見合わせた。どうやら、短時間でだいぶ仲が良くなったらしい。なにか言いたげな態度に、父親が揃って首を傾げると、「あのね」ラグナーが切り出した。「父さんに渡したいものがあるんだ」
「ぱとぅ」
 ふたりから差し出されたのは、小石だった。グローグーの手には、ちょこんと、透き通った淡い褐色の石がのっていた。ラグナーの手には、ちょうどヴィズラ家の象徴でもあるヘルメットの色に似た石があった。
 ディンはヘルメットの下で相好を崩した。ふたりが一生懸命なにかを探しているのはわかっていたが、見付けた宝物をくれるとは思っていなかった。
「きれいな石だな。ありがとう」
 ディンはグローグーから受け取った石を人差し指と親指で挟み込んで、夕陽に翳した。長い年月を掛けて削れて丸くなった楕円形の澄んだ世界の中心で、太陽が赤々と燃えて、唯一無二のエネルギーを爆発させている。銀河の果てで明滅する星明かりよりも強く煌々と輝く蜂蜜色の鉱石は、神秘的だった。グローグーがくれた贈り物は、どんな宝よりの価値があった。
「よく見付けたな。大切にする」
 ヴィズラはそういって、まじまじと眺めた石の表面を指の腹で何度も撫でた。息子からの贈り物をすっかり気に入ったようだった。
 グローグーがヴィズラの元へ走り寄り、ぐいっと片手を突き上げた。
「どうした?」
「ぷーわ、きゅあ」
 三本の指の間には、白い石が握られていた。
「……俺にくれるのか?」
 黒々とした眸が瞬いて、グローグーが頷いた。
「もらっておこう。感謝する」
 ヴィズラの大きな手がグローグーの小さな手に触れた。
 グローグーは満足したのか、ディンの元に戻り、両手を伸ばして抱っこをねだった。抱き上げられて膝にのったグローグーを見て、ラグナーも甘えたくなったのか、「父さん、膝に座ってもいい?」囁いた。
「ああ。おいで」
 父親の膝に座り、背中を分厚い胸に預けると、ラグナーは安心したように腹に回った父の手を握った。

「なぜ、お前のところの孤児は俺にも石をくれたんだろうな」
 子供たちが寝入った夜の真ん中、ディンとヴィズラは、焚火を挟んで向かい合っていた。両者の手には、さきほど子供たちから渡されたかけがえのない宝がある。
「さっき聞いた話なんだが」ディンは手元から正面に意識をずらした。「子供たちはきれいな石を、友達や、そのまた友達にもやるそうだ」
「……それとさっきの出来事がどう繋がる?」
「お前は俺と一緒にいることが多いだろう。だから、グローグーに俺の友達と認識されたんじゃないか?」
 一拍置いて、ヴィズラが肩をわずかに揺らして笑った。
「子供というのは、面白いな」
「グローグーからの贈り物なんだ、大切にしてくれ」
「もちろん」
 ディンとヴィズラは、子供たちを思って黙り込んだ。間では、火だけが静かにゆらゆらと揺れている。それはふたりの胸に宿る愛情のように温かく、絶えることはなかった。