先日、孤児がひとり教義の誓いを立てた。ヴィズラ氏族の子、ラグナーだ。ディンをはじめ、同胞たちは、マンダロリアンとして大いなる一歩を踏み出した彼を祝福し、宴を催した。
新品のヘルメットを被って間もない主役であるラグナーは、落ち着きなくそわそわしたり、大人たちから祝われて照れくさそうにしていた。誰も彼もが、子供の成長が楽しみなのだ。愛弟子であるグローグーも、いずれあんな風に仲間たちから祝福を受ける日がくるだろう……。ディンはそんなことを考えながら、未熟ながらも頼もしいラグナーを見て、微笑ましさから相好を崩した。
夜も更け、部族の未来を担う子供の門出を祝う盛大な祝宴もお開きとなった。グローグーも満腹になったらしく——気に入りは具だくさんの子供用に作られたティインギラーと、脂ののった焼き魚だった——その夜はすぐに眠りに就いた。
宴の後始末を手伝い、焚火の前にいた同胞たちが、ひとりふたりと減ってきて、ディンも寝床に帰ろうと腰を上げた。居住スペースである洞窟の入口に差し掛かると、背後から聞き慣れた声で名前を呼ばれた。振り返ると、ヴィズラが立っていた。さっき鍋を洗っている時にラグナーと一緒にいるのを見たが、今は傍に姿はない。先に寝かせたのだろう。
「お前を探していた」
ディンは首を傾げた。「俺を?」
「少し付き合え」
手にした酒瓶を胸の前まで持ち上げて、ヴィズラはいった。中身はまだ半分ほどある。
「さては、飲み足りないのか」
「ああ」ヴィズラは肩を竦めた。「今夜くらいは飲みたいんだ」
ヴィズラから、父親としての歓びが伝わってきた。
「ひとりで飲むのも味気ないだろう」
「俺でよければ付き合おう」
ディンは先に歩き出したヴィズラに続いた。彼個人の居住スペースは、洞窟の奥にある。
掟に従ってヘルメットは脱がないが、飲み物だけは、真っ直ぐ伸びる細いチューブを使えば仲間の前でも飲める。今夜も多くの仲間がそうした。子供たちに食べさせてばかりで、ディンもヴィズラもあまり飲み食いはできなかったが、満足している。
ヴィズラの住居スペースは、ランプの灰燈が灯っていた。簡易テーブルを挟むようにして置かれた椅子代わりの低いコンテナに腰を下ろす。
テーブルに、酒瓶と、使い込まれた金属製のタンカードがふたつ置かれた。ヴィズラの手の中でボトルが傾いて、タンカードは琥珀色の酒に満たされた。ディンはアーマーの収納スペースから、自前の筒状のチューブ——宴のために持ち込んだ——を取り出して酒に沈め、タンカードを引き寄せてヘルメットの隙間に突出した筒の端を差し込み、そっと吸った。度数の高い酒が口腔に流れ込んでくる。芳醇な香りが鼻に抜けた。はじめて飲む酒だ。美味い。
ヴィズラも同じようにして酒を啜った。彼とこうしてふたりきりで向かい合って同じものを飲むのは、子供の時以来かもしれない。あの時はたしか、師匠の土産のブルーミルクを一緒に飲んだ。戦闘訓練のあとだった。パズは怪我をした俺の傷の手当てをしてくれたっけ……。
「いいものがある」
ヴィズラはそういって、胸元の装甲の隙間に手を差し込んだ。取り出されたのは、掌サイズの白い包みだ。ディンはテーブルに置かれた包みをまじまじと眺めた。ヴィズラの指が包みを剥いていく。現れたのは、切り分けられた三切れのウジュ・ケーキだった。
「懐かしいな」
ディンは思わず口端を緩めた。ウジュ・ケーキは、マンダロリアンに古くから伝わる伝統の焼き菓子だ。生地に甘いウジャイル・シロップと複数のスパイスを練り込み、生地にナッツや乾燥させたフルーツを入れて焼くケーキで、祝いの席くらいでしか食べられない。こっくりとした甘さだけでなく、スパイスの豊かな風味がコクと香りを引き出し、クセになる味わいになる。ごろごろとした具材の食感も楽しい。氏族によって秘伝のレシピがあるので、配合や具材も違う。たしかヴィズラ氏族のものは、ビターな味わいで、ナッツの種類が多かった……。この酒にも合うだろう。
一切れもらい、背中を向けてヘルメットをずらし、頬張った。しっとりとした生地が舌の上でほどけ、ほんのりとした甘味と、スパイスの奥行きのある上品な旨みが広がった。
「美味い」
咀嚼しながら、ディンは呟いた。背後でヴィズラが小さく笑った。
「今日これをはじめて食べたラグナーは、苦いといっていた」
「たしかに子供の口には合わないかもな」
「もう一切れやるから、お前のところの孤児にもやってくれ」
「いいのか?」
ディンはヘルメットを元に戻し、正面を向いた。
「ああ。せっかくの馳走だからな」
「ありがとう。あの子も喜ぶ」
子供の頃の思い出を肴に、飲み交わした。欠けていくケーキは、ほろ苦い思い出も甘い思い出も連れてきた。親しみに満ちた笑いを溢し、時にムッとして言い返し、また笑った。やがて夜が深まり、ボトルの中の酒もなくなる頃には、互いに心地よく酔っていた。
ヴィズラからもらった包みを懐にしまい、ディンは寝床に戻った。明日、グローグーがウジュ・ケーキを食べたらどんな顔をするだろう、喜んでくれるだろうか……。
温かな充足感とともに、ディンは眠りに就き——夢を見た。昔のように、ヴィズラとウジュ・ケーキを食べていた。子供の舌には少しばかり苦いご馳走の記憶。それは懐かしく、忘れ難い味だった。