Just Tonight

 パズ・ヴィズラが苛立っている。理由は詳しくわからない。だが、間違いなくディン・ジャリンのせいだろう。彼がアジトに戻ってきてから、ヴィズラの機嫌はすっかり頬杖を突いてしまった。恵体から尖った圧を放ちながら、ヴィズラは大股でどこかにいってしまった。おそらくディンのところへ行ったのだろう。その場にいた誰もが苦笑いする。安堵からではなく、呆れ半分で。あのふたりは喧嘩ばかりしている。戦闘はマンダロリアンにとってはちょっとしたパーティーのようなものだが、あのふたりは仲裁されるまで取っ組み合っている……。

 アジトに戻る前に船で応急手当をするべきだった――鈍い痛みと一握の後悔を噛み締めて、ディンはようやく血が止まった左前腕の傷口を眺めた。黒い布地の裂け目から覗く赤々としたまだらな擦過傷——レーザーが掠めた——は痛々しいが、一月もすれば治るだろう。バクタ・スプレーがあればもっとよかったが、贅沢はいえない。
 グリーフ・カルガから受け取った賞金の一部は、孤児たちのためにアーマラーに渡した。食事だけさせてもらって、船に戻ろう……。
 立ち上がってマントの裾を翻した時、目の前の角から大柄な影が現れた。ヴィズラだった。手に、なにか提げている。思わず足を止める。
「座れ」
 声音には重圧があった。「なぜ?」ディンはすぐに言い返した。
「傷を見せろ」
「もう大丈夫だ」
「いいから、座れ」
 有無を言わさない物言いが合図となって、剣呑とした空気がふたりの間を漂ったが、ディンは黙ったまま元の位置に腰を下ろした。怪我をしてアジトに戻ると、ヴィズラの機嫌が悪い気がする。戦士のくせに未熟者だとでも思われているのだろうか……。
 ヴィズラがしゃがみ込み、ぶら提げていた黒いケースを開けた。中には、バクタ・スプレーが入っていた。大きな手が、まるでガラス細工にでも触れるようにディンの前腕を掴んだ。剥き出しになった傷口にスプレーの冷気が吹き掛かる。少し沁みたが、鼓動に合わせてじんじんと脈打つような痛みが引いていった。
「無茶をする」俯きがちにヴィズラはいった。「あまり面倒を掛けさせるな」
「……すまない」
 急に、ふっと身体から力が抜けた。信頼できる男に身を委ねているからなのか、はたまた、疲労感が出たのか——ディン自身にもわからない。たしかなのは、自身が安心しているということだった。
「これでいい。バクタ・スプレーが効くまで、しばらく休んでいけ」
「そうさせてもらう。ありがとう」
 手当を終え、ヴィズラはケースを閉じた。ふたり揃って立ち上がった時、ディンの腰のうしろに分厚い手が回った。強く引き寄せられて、あっという間に胸当てが密着する距離になった。
「数か月ぶりに戻ってきたと思ったら、手負いとはな」ヴィズラは溜息を零した。「もしものことがあったらどうする」
「心配は無用だ。俺は必ずお前の元に戻ってくる」
 ヴィズラを見上げて、ディンは鼻を鳴らした。バイザー越しに視線が絡まった。互いにしか感じ取れない、親しみのこもった熱情が間で弾ける。
「会いたかった。今夜だけ、傍にいてくれないか。お前の傍で眠りたい」
 ヴィズラを真っ直ぐ見詰めたまま囁く。彼はなにもいわなかったが、腰のうしろを抱く手に力がこもるのを感じて、ディンは目を細めた。彼はもう怒ってはいない。
 離れていた時間を埋めるようにヘルメットが引き合って、澄んだ音を立てて重なった。おやすみをいうにはまだ早い。もう少しだけこうしていたかった。