賞金首たちを無事にギルドに引き渡し、報酬を受け取って、ディン・ジャリンは、ネヴァロ・シティの下水道に向かった。人気のない路地裏に入り、地下へと続く薄暗い階段を降り、道なりに進んで角を折れると、見張りの同胞がいた。同胞はディンを見て頷き、なにも言わずに通してくれた。
防具鍛冶場でアーマラーへ孤児たちへの支援金を渡し、地上に戻ろうと鍛冶場を出て、ふと、腹が減っていることに気付いた。ネヴァロに戻る前になにか食べてくればよかった……。ガンシップに肉詰めがあったことを思い出した時、少し先の角から見慣れたシルエットが現れた。パズ・ヴィズラだった。
ヴィズラはディンを見ると、一瞬足を止め、「時間あるか?」近付いてきた。
「なにか用事があるのか?」
自分よりも頭ひとつ分背の高いヴィズラを見上げて、ディンは首を傾げた。
ヴィズラは腰に手を当てて、深い溜息をついて首を振った。「ああ。身体が鈍って仕方ない。少し付き合ってくれ。手合わせがしたい」
「俺じゃなきゃだめか?」
「お前くらいしか俺の相手はできないだろ」
「……そうかもな」
ヴィズラとは何度も手合わせ——というには荒っぽいかもしれない。子供の頃から喧嘩をしては、取っ組み合いをしてきたのだから——してきた。鍛錬にはなる。ちょっとした息抜きにも。
「あっちへ行こう。ここは狭すぎる」
踵を返したヴィズラのあとに続き、ディンは頭の片隅で肉詰めのことを考えた。しばらくはお預けだ。
同胞たちの居住スペースを離れ、入り組んだ道を進み続け、やがて拓けた場所に出た。低い天井や壁に組み込まれた太く頑丈な鉄骨が剥き出しになっている。外へ繋がっている水門が近いのか、弱い風が吹き抜けていた。
前を歩いていたヴィズラが鷹揚と足を止め、振り返った。数メートル離れていても、威圧感を感じた。やる気満々だな、とディンは思った。
右足のホルスターからバイブロナイフを取り出して構える。ヴィズラのバイブロナイフの切っ先がディンに向いた。「吠え面かくなよ」
「お前こそ」ディンは一歩踏み出した。
不意に風が止み——ディンは駆け出し、一気に距離を詰めた。ヴィズラのバイブロナイフの刃が真っ直ぐにディンの胸元に飛び込んでくる。ディンは身体を捻って素早く躱し、回旋力の勢いのままに腕を振って切りかかったが、ヴィズラの刃がそれを受け止めた。
刃が離れ、ぶつかり、またぶつかった。何度もぶつかりあって剣戟が反響する。ヴィズラの一撃一撃が重い。隙を突いて体勢を崩そうと一撃蹴りを見舞ったが、彼はよろめきもしなかった。ディンの刃がヴィズラの胸当てを一閃すると、火花が散った。
ディンは身体を屈め、ヴィズラの胸に飛び込むように、渾身の力を込めて突進した。そこでようやくヴィズラがたたらを踏んだ。重心の掛かった、軸にした片足目掛けて足払いをしかけようとして——襟元を掴まれた。ふっと地面から両足が浮き、視界が反転する。一刹那のうちに、ディンは背中から叩きつけられていた。全身が軋むような衝撃に息が詰まった。咄嗟に起き上がろうとしたが、既に首元にはバイブロナイフの切っ先が触れていた。
「俺の勝ちだ」
ヴィズラの翳るヘルメットを見据え、ディンは苦笑する。「今回はな」
片手が差し出される。その手を取り、ディンは立ち上がった。バイブロナイフをしまうと、アドレナリンで上昇していた心拍数が徐々に落ち着いてきた。だが、まだ背中が痛む。顔を顰めていると、ヴィズラの視線を感じた。
首を巡らせる。ヘルメット越しに明らかに目が合っているはずなのに、ヴィズラはなにもいわない。
「どうした?」
「お前を見ていた」
腰から抱き寄せられ、身体が密着した。ディンのヘルメットと、俯いたヴィズラのヘルメットの額の辺りが重なって、小さくかつりと無機な音が鳴った。
「……抱かせてくれ」
聴覚器官に直接声が届く距離だった。身体が熱いのは、血の巡りが速くなったからだ……そう言い聞かせて、ディンはごくりと唾を飲み込んだ。
壁を這う鉄骨に両手を突くと、うしろから腰を挟み込まれた。手はそのままするりと下肢へ滑り、尻を伝って前に回った。
「自分で脱げる」
「こっちの方がそそるだろ」
自分の掌よりも一回り大きく肉厚なヴィズラの手が下腹部を這い、ジッパーと下着を下ろされた。下着の縁に指が引っ掛かって下に引っ張られると、まだ萎えている一物がまろび出た。頭のうしろにヴィズラの息遣いを感じながら、ディンは俯き、突っ張った両腕の間から自分の股間に視軸を向けた。うしろから伸びたヴィズラの手が、慣れた手つきで男の象徴を包み込むのが見えた。
まだ硬くなっていないそれは、揉みしだかれ、撫で摩られるうちに質量を増していった。血の流れが速くなって、身体が火照ってきた。鈴口からぽってりとした露が溢れる。ヴィズラは親指の腹で鈴口を詰って露を潰し、肉の幹全体に塗り広げてきた。一気に滑りがよくなって、性器を包み込むヴィズラの手が緩やかに上下する。雁首を指の輪でキツく絞められ、ディンは歯を食い縛った。男同士なのだから、どこか気持ちいいかお見通しなのだろう。
ヴィズラの顎がディンの肩口に載る。彼の息遣いには、噛み殺せない性的興奮が混じっていた。ヴィズラから与えられる快感を求めて、ディンは身を任せた。体液にまみれた一物と掌が擦れて、ちゅこ、ちゅこ、と淫らな水音が跳ねる。気持ちがよかった。
ヴィズラに腹から抱き寄せられた。摩擦は勢いを増し、ディンの中で沸点が近くなる。
「……はっ……」
下腹部にあったヴィズラの手の甲に自身の掌を被せ、ディンは目を閉じた。あと少し……あと少しで——。
「イきそうか?」
「……ああ」
頷くと、スムーズに動いていた手が徐々に勢いを失くしていった。心臓の辺りまでせり上がっていた真っ白な法悦が遠のいていく。もどかしさが込み上げて、ディンは身震いした。
「とめ、るな」
不満を漏らすと、ヴィズラは喉を震わせて笑った。楽しいといわんばかりの、小さな笑声だった。
焦らすように、指の腹が裏側を上から下になぞった。指は三度往復すると、張り詰めた傘下の括れで止まった。触れているだけなのに、甘ったるい強烈な痺れがディンを襲った。ヴィズラは再び陽根を握ると、先ほどよりも弱い力で、長いストロークで扱いてきた。強弱をつけて責め立てられて、ディンは思わず喘いだ。目の奥が熱くなって、遠のいていた法悦が一気に爆発する。
「……あっ」
ヴィズラの手の中で呆気なく果てた。間歇的に噴き出た精液は、指の隙間から滴り落ちて、足元に溜まりを作った。ディンは喉の奥で詰まっていた酸素を吐き出した。灼熱は去り、蕩けるような快楽の余韻が夜の帳のように素早く降りてきたが、これからが本番だ。
剥き出しになった尻を少しだけ突き出すと、精液を受け止めたヴィズラの指が窄まりに触れた。
指はじっくりと時間を掛けてディンの腹を拓いていった。直腸の襞をねちっこく撫で摩られた時は、足から力が抜けそうになって、鉄骨に突いた手に力がこもった。一本だった指が三本になる頃には、耐え難いほどの劣情がディンの下腹部を支配していた。
「……挿入れてくれ」
硬くさせていた顎の力を抜き、ディンはストレートに欲求を口にする。粘着質な音を立てて粘膜をほぐしていた指が引き抜かれて、耳朶に届くのは、欲情した男同士の湿った息遣いだけになった。
「ずいぶんおねだり上手になったな」
「盛ってるのはお前の方だろう」
「ハッ、いつも善がってるくせに、よくいう」
官能に不釣り合いな雰囲気になったが、手に負えない劣情がふたりを黙らせた。
ヴィズラに片側の尻たぶを鷲掴みにされ、外側へ引っ張られた。これでは、しとどに濡れた拡張した孔が丸見えだろう。ディンは羞恥心から俯いた。衣擦れの音のあと、ややあって、重量感のある凶悪な昂りが尻の間に載った。亀頭が孔に押し当てられては離れる。昂ぶりは尻の間を何度か往復した。挿入前に、支配欲を剥き出しにした雄が行うマーキングのような行為をヴィズラはいつもする。
「……んっ」
圧倒的な大きさを誇る男の本能が腹の内側に食い込んでいく圧迫感に、ディンは思わず眉を寄せた。何度味わっても、この感覚は慣れない。
「……はっ、キツいな」ヴィズラはみっちりと詰まった腹の隙間を突き進んでいく。「喰いちぎらないでくれよ」
腹の奥を暴かれて、ディンは息も絶え絶えになった。腰を抱きかかえられ、律動がはじまった。腹を突かれる反動で喉から押し出される弱々しい声に、尻たぶに張り詰めた睾丸がぶつかる生々しい音が被さって、辺りに反響する。
待ち侘びた甘い快感に、ディンは身震いした。腹の底に沈んでいた形のない淫らな陶酔感が浮上して、身体を駆け巡る。
膝裏に回った手に片足を持ち上げられ、バランスを崩しそうになって、ディンは反射的に目の前の鉄骨の縁を掴んだ。腹の筋肉が緩み、ヴィズラはディンの体内のさらに深い場所目掛けて突いてきた。
「おっ——ぐっ」
どちゅんと重たい音が弾け、ヴィズラだけが達することができる臓腑の最奥を貫かれ、ディンの総身は痙攣した。股座で動きに合わせて揺れていた性器から、どっぷりと勢いのない体液が噴き出て、地面に飛び散った。射精感とは違う感覚に、ディンは困惑した。身体がバラバラになったかのような感覚を覚えた。生理的な涙が湧き、鼻水が垂れてきて、顎の筋肉は緩み切って、喘ぎ声が止まらない。
「あ——あっ、ぁ、あっ、ま——待て」
「……待てるかよ」
ヴィズラの声は、切羽詰まっていた。ディンの中でとめどなく羞恥心が込み上げたが、本能は、さらなる怒涛を求めていた。
「今、イっただろ。締まったぞ」
「……っ、いう、なっ」
ディンは火照った顔を巡らせてヴィズラを睨んだが、無駄な抵抗に過ぎなかった。
肉襞を轢き潰すようなねっとりとした腰の動きで、ヴィズラはディンの泣き所を責め立ててくる。
「俺もイきそうだ」
腰を揺すりながら、ヴィズラはヘルメットをディンの肩口に埋めてきた。腹の内側を強く叩かれ、突き上げられ——目の前が真っ白になって、ディンは喉を反らした。一刹那忘我するほどの極致感が弾け、脳髄で火花が散る。
「~~~~~~っ!」
全身の筋肉が強張った途端、弛緩した。膝裏を掴んでいるヴィズラの手に力がこもり——彼は低く唸った。ディンの腹の中で熱いものが流動する。肉体がいっそう隙間なく密着した。
互いにすぐには動けなかった。揃って息が乱れていた。ヴィズラがのろのろと腹の内側から去って、吐き出された精液が重力に従って流れ落ちてきた。生温い白濁は筋を描いてディンの内ももを濡らした。まだ震えている太ももになんとか力を込めて、ディンは構わず下着をあげた。
「平気か?」
「ああ」
ディンが素っ気なく返すと、ヴィズラは頷いた。まだなにか言いたそうだったが、彼は結局、なにもいわなかった。
性の衝動が生臭い静寂に掻き消されていく。恋人同士ではないのだから、事後に甘ったるい話もしない。すっきりしたら、いつものようにさっさと解散する。ヴィズラは同胞の元へ戻り、ディンは仕事に戻る……。
来た道を戻りながら、ディンはヴィズラの広い背中に視線を溜める。ヴィズラのヘルメットの感触がまだ首元に残っていた。彼の息遣いも、耳に残っている。そのことに名残惜しさを感じる自分に気付いて、ディンは動揺した。
視線に気付いたのか、ヴィズラが足を止めて振り返った。
「どうかしたか?」
「……いや、なんでもない。気にするな」
腹が減っているから、過敏になっているだけなのかもしれない。ガンシップに戻ったら、シャワーを浴びて、肉詰めを食べよう……。
どこまでも続く下水道の壁に、不揃いなふたつの影が張り付いている。それは仄燈に照らされて、角度を変えるたびに、寄り添ったり離れたりしていた。