Our Table

 ネヴァロは日が暮れるのが早い。かつては夜の帳が降りはじめると、人々は帰路を急ぎ、家にこもって窓の鎧戸をしっかり締めていたが、治安がよくなってから、街は姿を変えた。かつてはならず者たちが格好の獲物がいないか目を光らせていた薄暗い通りも、今はすっかり明るくなって、屋台が軒を連ねている。日が完全に落ちても、ネヴァロ・シティが眠ることはない。街を照らす燈の下で、夜市は賑わいを見せ、酒場では酔っ払いたちが陽気に過ごしている。
 ディン・ジャリンは、グローグーを連れて夜市にいた。仕事を終えて帰還したばかりで、自宅の保冷庫はからっぽで、グローグーになにか食わせるために来たのだ。
 屋台が並ぶ通りは、食欲をそそるにおいが立ち込めていた。腹を空かせたグローグーが指差したのは、串焼き屋だった。ちょうど店主が焼いているのは、ゴーグだ。ロティサリーグリルで炙られて、脂を滴らせている。小振りで掌サイズなので、グローグーでも食べられるだろう。
 ディンは屋台の前で足を止め、ゴーグ串を指差した。「それをひとつもらえるか」
「あいよ」店主は慣れた手つきでロティサリーグリルから焼きたてのゴーグ串を外すと、耐油性の包みに入れてディンに手渡した。「焼きたては美味いよぉ」
「ありがとう」
 包みを受け取り、クレジットを渡すと、店主は額を確認し、「あい、ちょうどね」と頷いた。
 包みはじんわりと熱を帯びている。ディンは足元でそわそわしているグローグーを見下ろした。「おいで」
 人のいない通りの外れに寄って、グローグーに包みを渡してやろうとしゃがみ込む。熱々のゴーグ串を前に、グローグーの黒々とした眸がきらきらと輝いている。
「熱いから気を付けるんだぞ」
 グローグーは頷き、小さな手で包みを抱いた。火傷しないか心配になった。吹き冷ましてやりたいが、ヘルメットは外せない。
 丸々としたゴーグの串焼きを取り出した腹ペコのグローグーは、「ぴゃあ、みゃ」と幼児特有の喃語で歓喜を紡いだ。小さな唇が窄まって、脂で照った身にふうふうと息が吹き掛かる。慎重に冷ましてから、唇はほろほろの肉に触れた。グローグーは小さな歯で柔らかな肉を噛みちぎり、はふはふと頬張った。一口、二口、三口……肉は少しずつ減っていく。
 一生懸命食べる姿が愛らしくて、思わずふっと笑みが漏れる。
「美味いか?」
 串焼きに夢中だったグローグーが顔を上げる。口の周りは脂でてらてらと照っている。あとで拭いてやらなくては。
「ぱとぅ」グローグーはしっかりと力強く頷いた。
「そうか。ゆっくり食べるんだぞ」
 グローグーは黙々と串焼きに齧りつき、きれいに平らげた。
 グローグーから受け取った串と包みを屋台横のゴミ箱に捨て、ディンはグローグーを抱き上げた。街の出入り口であるゲートに足を向けようとした時、グローグーがかんかんと胸当てを叩いてきた。
「どうした?」
 グローグーは屋台を指差した。
「まだ食べたいのか?」
 グローグーは首を振り、屋台を指差してから、ディンの胸当てをとんとん叩いた。長い耳が垂れている。
「……ああ、俺の分か。俺はいい。腹は空いていない」
 グローグーはじっとディンを見上げている。耳はずっと垂れたままだ。しばらくの間、上と下で見詰め合って——先にディンが折れた。
「わかった。今夜は、俺も串焼きを食べる」
 グローグーの耳がようやくぐっと持ち上がった。ディンは踵を返し、屋台の前で再び立ち止まった。「さっきのをふたつもらえるか?」

 自宅に戻るまで、グローグーは大事そうに串焼きの包みを抱えていた。
 生きる上で食事はかかせないものだが、ディンは食に対して執着はない。栄養価があって、腹に入ればなんでもいいとすら思う。しかし、グローグーと暮らすようになってから、大切な者と食卓を囲うということがどれほどかけがえのないものか思い出した。同じ屋根の下で暮らす。同じものを食べる——それこそが、生活なのだ。
 皿に出したゴーグ串は、まだ温かい。
「さあ、一緒に食べよう」
 ふたりだけの小さな食卓で、ディンはグローグーと向かい合って、遅い夕食にありついた。