One by one

「なぁマンドー。これはちょっとした提案なんだが、グローグーを学校に通わせてみないか?」
 ネヴァロ・シティの上級監督官であるグリーフ・カルガは、そういって表情を和らげて、デスクの向かいで椅子に座って菓子を食べているグローグーを見た。グローグーは菓子に夢中で聞こえていないようだったが、隣に立っている彼の父親、ディン・ジャリンは素早く反応した。「この子にはまだ早い」
「そうか? なら、本人に訊いてみよう」
 カルガは咳払いをして、腰掛けていた椅子から身を乗り出した。
「なぁグローグー。学校に行ってみないか?」
 菓子を口に押し込んでいたグローグーが顔を上げた。
「子供たちが学ぶ場所だ。ほら、前に一度行ったことがあっただろう? お前はまだ小さいから、オフの日にだけ、ほんの数時間出席するだけでもいい。ブルー・マカロンを食べながら勉強したり、友達を作るんだ。どうだ?」
 しっかりと話を聞いている長い耳が上下に動くのを見下ろして、ディンはヘルメットの下で唇を引き結び、我が子の反応を窺った。グローグーはぽかんと口を開けたままだ。
「この子には無理だ。早すぎる」
「待て」
 カルガは掌を向けて百戦錬磨の戦士を制止させた。どうやら、あくまでもグローグーに決めさせるつもりらしい。
 グローグーはちらりと父を見上げて喃語を一言二言発すると、カルガの方へ顔を巡らせ、小さく何度か頷いた。
「よし、グローグー、明日からお前は我が校の生徒だ」
 カルガは柔和に微笑み、ディンは溜息をつき、グローグーはきゃあと声を上げて喜んだ。

 登校初日の朝、ディンはグローグーにブルー・マカロンが数枚入った包みを持たせた。グローグーは——家を出る前に一枚食べてしまった——包みを提げた鞄に大事そうにしまった。
 街外れにある自宅を出てから、ディンの足取りは重かった。教育は子供にとって重要なのはわかっているが、やはり、グローグーにはまだ早い気がする……。
 朝から活気あふれる市場を抜けると、学校が見えてきた。ディンは鼻息をつき、足を止め、うしろに続いていたグローグーを抱き上げた。
「いいかグローグー。挑戦は経験になる。わからないことがあったら、先生か俺に訊くんだ。それから、他の子供たちと仲良くなることも大切だ」
 腕の中で、我が子は黒目がちの目をゆっくりと瞬かせている。菓子は一気に食べないように言い聞かせていると、学校の前に着いてしまった。ドアが開いていて、教師であるプロトコル・ドロイドが登校する子供たちを迎え入れていた。ディンがグローグーを下ろしてすぐに、ドロイドがふたりに気付いた。
「おはようございます。新入生ですね。上級監督官から話は聞いています」
 ドロイドの無機な合成音声に、中から聞こえてくる子供たちの笑い声が混ざる。
「この子を頼む。三限目の授業が終わったら迎えに来る」
「わかりました。さあ、新入生さん、中へどうぞ。みんなに紹介します」
 ディンと教室を交互に見やったあと、グローグーは「みゃあ」「ぱとぅ」と高い声を上げてから、臆することなく堂々と教室に入っていった。席に座っている子供たちよりもずっと小さなグローグーの背を見詰めたまま、ディンは我が子を呼び止めたい気持ちを抑え込んだ。
 自宅に戻って、ブラーグに餌をやっている時も、防具と武器の手入れをしている間も、傍にグローグーの姿がないことが落ち着かなかった。グローグーは学校でうまくやっているだろうか。喧嘩をしていないだろうか……。
 気を揉んでいるうちに、迎えに行く時間が近付いてきた。ディンは逸る気持ちのままに学校に向かうため家を出た。牧柵の中では、ブラーグが寄り添って、気持ちよさそうに眠っていた。

 ちょうど休み時間だったのか、子供たちは席で寛いでいたり、友達同士で集まってお喋りを楽しんでいた。彼らは学校にやってきた新入生の父親に一斉に好奇の眼差しを向けた。見たことがあるとはいえ、マンダロリアンは珍しいのだ。ましてや、他種族の子供を持つ父親は。
 喃語を発しながら嬉しそうに小走りに寄ってきたグローグーを抱き上げたディンの胸は喜びに満ちていた。ディンを迎えたドロイドの「とてもお利口でしたよ」というグローグーに対する評価と称賛に、思わず相好が崩れたほどだ。
「明日は学校はお休みですから、また週明けに会いましょう」
「わかった。なにか必要なものはあるか?」
「いいえ、ありません。今日は初登校で疲れたでしょうから、ゆっくり休ませてください。それでは、さようなら」
 ドロイドが踵を返し、教壇に戻っていく。ディンは教室内を見渡した。何人かの子供が健気に手を振ってくれている。グローグーも手を振り返している。
「ねえ、グローグーのお父さん」
 くせ毛の少女が歩み寄ってきた。グローグーがきゅうきゅう笑って耳をぱたぱたと揺らした。
「さっきね、休み時間にグローグーとお菓子を交換したのよ。お母さんが作ってくれたカップケーキをあげたら、とっても美味しそうに食べたの。野菜入りなのに、グローグーはきれいに食べたわ。お母さんも喜ぶと思う」少女は頬を紅潮させた。「また焼いてもらうから、一緒に食べようね、グローグー」
「ありがとう。よかったな、グローグー」
 グローグーはスター・ファイターで加速した時くらい喜んでいる。よほど美味しかったのだろう。
「バイバイグローグー。また来週ね!」
 少女ははにかみ、手を振った。グローグーも小さな手をぶんぶん振って、子供特有の舌っ足らずな言葉で彼なりに「バイバイ」を告げた。
 生徒に見送られ、ディンとグローグーは学校をあとにした。
「学校はどうだった、グローグー」
 ディンの問い掛けに、グローグーは声を上げて笑い、一生懸命話してくれた。ディンは「うん」「そうか」と相槌を返して聞き入った。雑踏の中でも、グローグーの声はよく聞こえた。どうやら、楽しかったらしい。心配で仕方なかったが、いい経験になっているようだ。
「帰ったら昼食にしよう。今日はお前の好きなオムレツだ」
 グローグーを両腕に抱いたディンは、自分が微笑んでいることに気付かなかった。
 できることは増やしていった方がいい。どんなに小さなことでも、一歩踏み出すことが大切なのだ。ゆっくりでもいい。ひとつずつ、この子の成長に繋げていこう……。
 市場でグローグーに果物をねだられた。いつもなら「だめだ」と問答無用で通り過ぎていたが、今日くらい、頑張った褒美に甘やかしてもいいだろう。