グローグーと共にネヴァロ・シティの外れで暮らすようになってまだ日は浅いが、穏やかな日々は安息と呼ぶに相応しいものだった。
これからはこの家が帰るべき場所だ。しかし、腰を据えて暮らすというのははじめてで、人の営みがどういうものかわからない。子供の頃は同胞たちとアジトを転々としていたし、ガンシップで旅をするようになってからは、船内の設備で十分だった。
日常生活を送るために最低限のものは——グローグーと眠るためのベッド、キッチンで使う調理器具や皿、ふたりで温かい食事を囲うための小さな食卓、マンダロリアンのアイデンティティのひとつでもある武器をしまうためのウェポンラック——揃えた。もしもの時にグローグーを逃がす際に避難経路として使う塹壕も掘った。近いうちに、畑を耕したいと思う。今は亡きクイールが育てていたブラーグを引き取るために牧柵も完成させなくては……。
わからないことが多いと思っていたが、もしかしたら、これが〝生活〟というものなのだろうか。だとしたら、居を構えるというのは、案外やることが多いものだ——庭先に置いたサンラウンジャーで寛いでいるはずなのに、いつの間にか頭の中にはあれこれとやるべきことが浮かんでいた。思わずふっと笑みが漏れた。伸ばして重ねていた足を組み直す。
視線の先には、数メートル先にある池のほとりの岩場にちょこんと座って、気に入りのブルー・マカロンを食べているグローグーがいる。小さな背中は、ネヴァロに降り注ぐ日差しをいっぱいに浴びている。
不意にグローグーが立ち上がり、ゆっくりと振り返って、岩から降りて、小走り気味に傍に寄ってきた。ブルー・マカロンを取りに来たのだろう。ブルー・マカロンは一日三枚までと約束している。今日はあと一枚食べたらおしまいだ。
サンラウンジャーの横のサイドテーブルに置いたブルー・マカロンの包みを取ってやる。
「ほら」
グローグーに包みを渡すと、彼は本日最後の貴重な一枚を取り出して、包みを渡してきた。残りはもう少ないが、キッチンの棚にストックがある。
包みをサイドテーブルに戻す。グローグーの黒目がちの眸がこちらに向いて、短い両手がぴんと伸びた。どうやら抱っこをしてほしいらしい。
「おいで」
抱き上げて、腹に背を預けられるように膝に乗せてやる。昨日洗濯したばかりの黄褐色のローブは、陽だまりの匂いがした。
グローグーは俯きがちに手にしたブルー・マカロンをじっと見詰めているようだった。彼は色鮮やかな菓子を両手で掴むと、器用に半分に——片方は不恰好にも半分以上の大きさになったが——割った。
グローグーは割れた菓子を見比べたあと、子供特有の舌っ足らずな喃語を発して、大きい方のブルー・マカロンを俺の手に滑り込ませた。
「なんだ、くれるのか?」
「ん」だか「む」と返ってきた。長い耳が何度も上下に動いている。
「せっかくだが、俺はいらない。ひとりで全部食べるといい」
手渡された半分をグローグーの口元に運ぶが、齧り付く気配はない。一拍置いて、小さな小さな手がブルー・マカロンを掴み取った。自分で食べたいのだろう。手を離すと、グローグーは「ん!」と先程よりも大きな声を上げて、腕を真上に突き出し、ヘルメットの隙間にブルー・マカロンを押し込んできた。
生地の甘ったるい香りが鼻腔を刺激する。
「……わかった。もらうよ。ありがとう」
苦笑して、ヘルメットの隙間に突き刺さったブルー・マカロンを受け取る。ほんの少しだけヘルメットをずらして、一口齧った。甘いものを食べるのはずいぶんと久し振りだ。しっとりとした生地を噛み締める。想像以上に甘い。だが、悪くはない。グローグーの好物は、こんな味がするのか……。
グローグーは首を巡らせてこちらを見上げて、小首を傾げて一言呟いた。意味を成さない言葉でも、なにを訊かれているかはわかる。
「ああ、美味いよ」
俺が食べるのを見て、グローグーは満足そうに笑って、顔を正面に戻して、手元に残ったブルー・マカロンを頬張った。咀嚼に合わせて動く丸っこい頭のてっぺんでは、日差しに照らされた産毛が金色に照っている。
池からカエルが飛び出してきて、グローグーが座っていた岩場で鳴きはじめた。ふたりだけの時間が過ぎていく。今日の夕飯はなににしようか。