永遠を刻む

※ED2の芸術家前提ED5男主人公。
 登場する主人公の師匠は実在する彫刻家をモデルにしています。
 そのため、明確には記載していませんが、仮初の姿をしている時の主人公のガワは人間であることを匂わせています。

 ノックをしても返事がなかったので、アトリエのドアを少し開けてもう一度呼びかけた。それでもやはり返事がなかったので、勝手に入ることにした。
 後ろ手にドアを閉めると、かつり、かつりと、のみとハンマーが石を削る硬い音だけが天井の高い室内に響いていた。芸術家は聖域でもある己のテリトリーに立ち入られることをあまり好まないようだが、この部屋に足を踏み入れる許可は彼から得ている。とはいえ、彼がいる時にしか入ろうとは思わない。
 入口の傍に置かれた古い木製のテーブルには、デッサンに使用する資料が広げられ、様々な種族の見た目に成形された粘度が置かれている。壁際の棚には写真集や多くの専門書が並び、ボードには形も大きさも異なる鑿やハンマーが大きさ順に吊り下げられている。彼は仕事に関してはとても几帳面だ。普段はちょっとだらしないところもあるが、今ではそれも許せるようになった。
 製作途中の石像や、材料となる手つかずの大きく分厚い大理石が半分を占める部屋の真ん中に彼はいた。
 かつん、と一際大きな音がした。
 彼は朝から、もうかれこれ六時間はここにいる。五フィート近くある作業用スツールの一番上に腰掛けて黙々と石像を掘り続ける彼の背中を見据えて呼びかけてようやく、彼は手を止めて首を巡らせた。
「ああ、オルーニィ。いたのか」
 目が合うと、彼は相好を崩した。
「食事の用意ができましたよ」
「もうそんな時間か」彼は目を丸くさせた。「さっきはじめたばかりだと思っていた」
 スツールの段差をゆっくりと降りて、彼はふーっと息を吐いて、石像——翼を持つ華奢な異種族の女のものだ——を見上げた。
「順調なようですね」
「ああ。あと一月もすれば完成する。今日のメニューはなにかな?」
「近くのレストランの日替わりランチをテイクアウトしてきました」
「いいね。うーん、集中力が切れた途端腹が減ってきた」
 彼に続いてアトリエを出て、ダイニングに向かった。彼はこの家を自宅兼アトリエにしている。共にここで暮らすようになってしばらくして、この方が便利なのだと話してくれたのを今でも時々思い出す。
 テイクアウト容器に入ったままだが、食卓に並ぶ料理は温かい。テーブルを挟んで向かい合って座り、遅めの昼食にありついた。
「今夜はワーカズハイに行かないか? マスターの料理が食べたい」
「では、今夜はあの店で夕食にしましょう」
「仕事は早めに切り上げるよ」
 野菜スープをスプーンで掬いながら、彼は嬉しそうに言った。
「そういえば、さきほど制作依頼の電話がありました。メモを書斎のデスクに置いておきましたので、あとで確認して折り返していただけますか?」
「ありがとう。助かるよ」
 彼は高名な芸術家だ。彼が彫る石像は、究極の美を湛え、どれも精巧で見る者によって表情を変える。生き生きとして、まるで本当に命が宿っているかのようで、見詰めていると魅入られてしまうほどだ。
 誰もが知る名うての芸術家——しかし、それはこの世界に溶け込むための仮初の姿だ。彼の正体は、あまねく世界においても稀有な、強大で偉大な存在だ。多くの種族が彼を畏敬し、崇拝し、神と呼ぶ。ワタクシもそうだ。かつて属していた教団で彼の真の姿を見た瞬間、世界が変わった。己がいかにちっぽけな存在を信仰していたのか思い知った。神はワタクシに手を差し伸べ、導くと約束してくださった。あの日から、ワタクシは教団に背を向け、神と共に過ごしている。
「ずっと気になっていることがあるのですが……」
 メインのステーキを切り分ける手を止めて、神に視軸を移す。
「アナタ様は悠久の時を生きておられますが、なぜ芸術家になろうと思ったのですか?」
 神はナイフとフォークを手にしたまま、柔和に微笑んだ。
「私が彫刻をはじめたのは、ひとりの人間の作品に感銘を受けたからだ。少し長くなるが、君がよければ話そう」
「ぜひ、お聞かせください」
「いいよ」
 彼はおもむろにステーキを切り分けながら口火を切った。
「彼の作品は素晴らしかった。はじめて見た時、魂が震えたよ。彼は石で薄いヴェールを表現するんだ。ヴェールの下にある表情や身体の輪郭を表現することがいかに難しいか、今の私ならよくわかる。私は彼に弟子入りし、技術を教わった」
 彼は師の名前を口にし、弟子として学んだことを語ってくれた。時に、本には載っていないような内容も話してくれた。まるでつい昨日のことのように話すので、いずれ彼の師に会えるような気がした。
「師匠の作品は、繊細で美しく、純粋だった。師匠は私のことも彫ったこともあるんだ。ああ、勿論正体は明かしていないよ。でもそれは女だった。何故女の姿をしているのか、どんなイメージでこれを彫っているのか訊いたら、こう言ったんだ。『人類の救世主は時に過酷な試練を与える。大胆で奔放で残酷。しかし、秩序や規律、調和を重んじる。きっと美しい女神なのだろう』とね。まあ、当たらずとも遠からずというところかな」
 彼は笑ってステーキを頬張った。
「その方が彫ったアナタ様の石像を見てみたいです」
「かなり昔の話だから今はどうなっているのかわからないが、もしかしたらまだあるかもしれないが……わからないな。師匠がいた世界はすごく遠いんだ」
「さぞや美しく、優雅なのでしょう。優れた芸術作品というものは、永劫残るものです。ああ、アナタ様の石像があったのなら、ワタクシは毎日祈るのですが……」
「オルーニィ。目の前に私がいるじゃないか」
 柔らかな声音だった。はっとして単眼を瞠る。
「失礼いたしました。そうですね。石像がなくとも、ワタクシには、アナタ様がおります」
「君が望むなら、抱擁でもキスでもしよう。君は私にとってかけがえのない存在だ」
 彼の手元から、ステーキの最後の一切れがなくなった。
「あとで私の部屋においで。午後の仕事は中止にして、君と過ごすとしよう」
 信仰という繊細なヴェールの内側で、温かく甘美な感情が溢れた。恍惚。陶酔。期待。歓喜……胸の下で鼓動が高鳴っている。親愛なるワタクシの神こそが、永遠なのだ。