「ここにいたのか」
広いとはいえないキッチンで眠気覚ましのコーヒーを淹れていると、うしろから聞き慣れた声がした。振り返ると、十日振りに拠点に帰還したドルネドが入口に立っていた。彼は麻布に包まれた何かを小脇に抱えていた。五フィートはありそうな四角いシルエットのそれは、箱に見える。
「お前への土産だ。ほしがっていただろう」
ドルネドはそう言って鷹揚とそれをカウンターに置いた。彼になにかをねだった記憶はない。不思議に思いながら麻布を捲ると、木製の頑丈そうな箱が剥き出しになった。蓋を開けると、中には緩衝材で保護された肩義手が収まっていた。
「これをどこで?」眠気が吹っ飛んだ。義手とドルネドの顔を交互に見やる。「これはもう流通していないモデルのはずだ」
「ツテがあってな。古い知り合いに作らせた」
ドルネドは腕を組み、義手を見下ろした。
「お前が何故こんなものをほしがる? 細かなサイズまで指定してきたな。生身であるお前には必要のないものだと思うが?」
「俺が使うんじゃない。君のためだ」
「……私の……?」
「そうだ」
「ああ、それで私の肩や腕の寸法を測っていたのか」
箱から義手を慎重に取り出す。耐久性のある特殊な合金で作られたそれは、腕一本分の重さだ。
通常、義肢というのは断端に合わせて装着するものだが、これは違う。他世界の高度な医療技術の結晶であるこの腕は、骨や神経、筋肉と繋ぎ合わせることで生身と同じ感覚で自在に動かすことができる。現在流通していないのは、素材が特殊過ぎるのと、作るのにかなりの技術を要するからだ。それをこうもあっさり作ってしまうドルネドの知り合いというのは、一体どんな人物なのだろう。
「君は自身の肉体を改造している。今では生身の部位の方が少ないだろう。定期的にメンテナンスをしているけれど、それでもいつか使い物にならなくなる時が来るだろう。その時は、この腕を使うといい。移植手術は俺がやる」
「……まったく、お前は面白いな」
腕をほどき、ドルネドはカウンターに両手を突いた。
「あれほど帰りたいと言っていたお前が私の身を案じてくれるようになったとは、喜ばしい限りだ」
思わず苦笑する。拉致されて彼の艦で暮らすようになって長い時間を共に過ごすうちに、すっかり絆されてしまった。今では波乱に満ちたこの生活にも慣れた。悪くないとすら思える。ドルネドが無事に戻ると安堵するほどに。
「どうせもうあの街には戻れない。家も仕事もなくなった。責任は取ってくれるんだろう?」
「勿論。お前を手放すつもりはない。それに言っただろう、退屈はさせないと」
「君専属の医師として腕が鳴るよ」
ほんの少しだけ義手を掲げてみせる。
「小粋なジョークだな、先生」
義手を箱にしまい、蓋を閉める。これを使う時がいずれ必ずくるだろう。それまでは大切に保管しておかなくてはならないが、それよりも今は、ドルネドを労いたかった。
「さて、十日振りの再会だ。今夜は呑まないか?」
「ふむ。そうだな。美味い酒を飲みながらお前の話を聞きたい」
キッチンを離れ、十日振りにふたりでソファに並んで座った。ショットグラスには、彼の気に入りの酒を注いだ。ボトルの中身はもう少ない。この拠点にきたときは開けたばかりだった。ドルネドが仕事を終わらせて戻ったということは、この街とももうすぐお別れだろう。
「それにしても、本当に驚いたよ。たとえ俺が御伽話に出てくるお姫様みたいに手に入れられないような代物を持ってこいと無理難題を突き付けたとしても、君は難なく持って帰ってくるんだろうな」
「お前が望むなら」革の手袋に覆われた手が伸びてきて、顎を掴まれた。「月の裏側までも探しに行こう」
「まいったな……君に不可能はないようだ」
顔が引き合い、ヘルメット越しに口唇器官が重なった。隙間から濡れた熱い塊が潜り込んでくる。肉体改造の末に殆どが人造パーツとなっている彼の生身の部分である舌は、口腔でくねり、歯列をなぞり、息を継ぐ間も与えてくれない。苦しくなってドルネドの厚い胸元を押しやり、離れた一刹那の間に喘ぐように酸素を取り込んだ。
「ドルネド……」
腰のうしろに手が回る。まだ酔っていないのに、血の巡りが速い。
「抱かせてくれ」もつれるようにして押し倒された。革張りのソファのシートの下でぎしりとスプリングが軋む。「この十日間、お前のことをずっと考えていた」
天井から差す淡いスポットライトの燈を背にドルネドは言った。フードの下で、翳る連なった赤い眸が真っ直ぐにこちらを向いている。
「十日は、長いよな」
腕を伸ばしてドルネドの首のうしろに指を引っ掛ける。胸に沸いたのが切なさを帯びた痛みであることに気付いて、ほうっと息を吐く。
俺は彼が好きだ。