ヒルビリーとチャッキー

 ヒルビリーは、顎に力を込めないと上手く閉じられない口を大きく開いて、捩れて引き攣れた唇の端を持ち上げて笑った。こんなに楽しい儀式は久しぶりだった。
 いつもの儀式とは異なり、今はエンティティの気紛れで、殺人鬼が二人になり、生存者は八人になっている。二対八。まるでゲームのようだとヒルビリーは思う。
 この儀式に選ばれた時は、相棒となる殺人鬼が誰かいつもワクワクした。仲間は皆、固有能力も武器も違う。だからこそ、観察する。いつもどんな風に生存者を追い詰めているのか理解すれば、短所は補い合える。長所は活かせばいい。連携が取れた時はとても嬉しい。相棒が喜んでくれると——生存者を全滅させた時、〈リージョン〉やダニー、カレブとは、ハイタッチをしたり、拳を軽く突き合わせたりする——もっと嬉しい。
 今回一緒に儀式に選ばれたのは、グッド・ガイ人形、チャッキーだった。
 彼とははじめて組む。チャッキーはすばしこくて、足音を立てず、気配もなく生存者に近付く。距離を離されても凄まじい速さで突進し、包丁を振りかざして襲い掛かる。忌々しい板を割らずに潜り抜けることもできる。ヒルビリーにはできないトリッキーで面白い立ち回りだが、彼は愛くるしい姿からは想像できないくらい残虐だ。
 チャッキーは、儀式を——殺しを楽しんでいる。それをヒルビリーは悪いことだとは思わない。己の手を汚したくないとかなんとか綺麗事をいって嘆く方がヒルビリーは許せない。エンティティの箱庭で生きるためには、生存者を殺さなくてはならない。やっと手に入れた自由を手放したくないし、大切な仲間たちとこの森で過ごしたい。だからヒルビリーは生存者を殺し、生贄に捧げる。殺しに悦を見出す仲間は何人もいるが、捕食者は獲物を狩るものなのだ。
 もう少しで直りそうな発電機を蹴ると、壁の向こうから生存者の悲鳴が聞こえた。チャッキーが瀕死を負わせたのだろう。
「こんなことをしてる暇はねえ! この馬鹿野郎——」
 チャッキーの強烈な汚い言葉を聞きながら、壁の向こうを覗き込む。生存者をエンティティに捧げて、次の獲物を探そうと辺りを見回しているチャッキーと目が合った。
「楽しくなってきやがった! どっちが多く殺せるか競争しよう、チェーンソー坊や!」チャッキーは血塗れの包丁を逆手に待って、きらりと目を光らせた。「負けた方が勝った方のケツを舐める!」
「絶対にやだよ!」
「さあ、正々堂々と勝負しようぜ!」
 ヒルビリーは慌ててチェーンソーを構えて、遠くの発電機に向けて走り出した。

 今回は、窓枠が多い場所だったからか、苦戦を強いられた。チェーンソーが当たらなくて焦ってしまった。発電機があと一台直っていたら、通電していた……。
 手の甲で捻れた皮膚を伝う汗を拭い、ヒルビリーはふーっと息を吐いた。足元には、瀕死の生存者が這いつくばっている。この生存者を処刑すれば、儀式は終わりだ。誰も逃すことなく全滅できた。
「よお、何人殺った?」
 チャッキーがオーバーオールから見える短い足を弾ませて寄ってきた。
「たくさん吊るしてたら、わかんなくなっちゃった」
「俺もだ。こいつら、吊るしても吊るしても減らねえ!」
「じゃあ、引き分けにする?」
「そうしよう。そいつ、俺が殺ってもいいか? 散々板を当てられて、この可愛い身体が痛むんだ」
「いいよ」
 ヒルビリーは左足を引きずって生存者から離れた。
「その歯を蹴り折ってやる!」
 チャッキーの小さな身体から怒りが迸っている。板を当てられる痛みは、ヒルビリーにもよくわかる。さっき、チャッキーが生存者に板を当てられてひっくり返って尻餅をついているのを見てしまったことは言わない方がいいだろう(そのあと彼は「くそっ! 八つ裂きにしてやる!」と叫んで生存者を追い掛けていた)。
 チャッキーの手からハンマーが飛び出し、放物線を描いて生存者の頭に直撃した。彼は痛みに悶える生存者の背中に飛び乗ると、バットで頭を殴打し、鋭利な木片を背骨に突き刺した。生存者はそれでも生きていた。チャッキーは高笑いをして、どす黒い血でぬらぬらと照る包丁で首を滅多刺しにした。「善人とはこれでお別れだぜ!」
 彼は軽やかに死体から飛び降りると、事切れた生存者を蹴り飛ばした。
「〝善人〟の勝利で終わりさ!」
「……俺も、善人?」
「当たり前だろ! あの間抜け共を一発で薙ぎ倒したのはクールだったぜ。俺たちゃいいコンビだな」
 チャッキーは満足しているようだった。ヒルビリーは嬉しくなって、彼が儀式の間何度か口にしていた言葉を呟いてみた。「ハイディーホー」
「ハイディーホー!」
 チャッキーの小さな小さな拳がヒルビリーに向けて突き出された。ヒルビリーは背骨を丸めてプラスチックの拳に自分の拳をこつんとぶつけた。
「ぼくチャッキー、ずっとキミの友達だよ」
「俺たち、友達……!」
 胸の中がじんわりと温かくなって、ヒルビリーはまた口を大きく開けて笑みを浮かべた。たった今死んだ生存者の首から噴き出る血がようやく止まった時、濃い霧が辺りに立ち込めはじめた。今回の儀式は終わりだ。
「じゃあまたね、チャッキー」
「またなチェーンソー坊や。あとで農場に行くから旨いベーコンを用意しときな」
「うん、いつでもきていいよ」
 ヒルビリーの膝下は、もう真っ白だ。チャッキーの姿が見えなくなって、エンティティの機嫌のいい声がした。
——チャッキーって、ベーコン食べられるのかな?
 そんなことを考えながら、ヒルビリーは身体に染みついた血のにおいを吸い込んだ。
その後、チャッキーとやりとりをするうちに言葉遣いが移ってしまい、ヒルビリーはエヴァンやフィリップに咎められてしまったが、チャッキーは彼らに立ちはだかり、「うるせえな、お前らはママかよ」と中指を立てたので、ちょっとした騒動になったのはまた別の話だ。