君との一日のはじまり

 ふっと目が覚めた。
 何か夢を見ていた気がする。
 浮上したばかりの曖昧な意識で、嗅覚器官から寝室を満たす重たく気だるげな独特の空気を吸い込んでゆっくりと吐き出したところで、意識が覚醒した。
 部屋の中はぼんやりと明るかった。カーテンと壁の隙間から、うっすらと朝陽が差し込んでいる。シフト制で勤務するエイメルが、昼間でもしっかり眠れるようにと遮光カーテンを選んだから、カーテンを開けない限り寝室は心地いい暗闇で満たされているが、完全に光を遮れるわけではない。
 隣では、エイメルが背中を向けてまだ眠っていた。キルトから出ている隆起した幅広の肩が寝息に合わせて小さく上下しているのを見詰めたままもぞもぞと寝返りを打って、ナイトテーブルの上の目覚まし時計を確認する。
 ディスプレイの角ばった数字は、六時三十八分と表示している。いつもなら起きる時間だが、今日はエイメルと揃って休日だ。ちょっとだけ、寝坊がしたい。
「ん……」
 エイメルが身じろぎして、のろのろとこちらを向いた。視孔では眠たげな赤い眸が瞬いている。ちょうど起きたらしい。「おはようございます」
「おはよう」
 お互い寝起きで声が掠れていた。
「……寒いな」
「寒いですね。起き抜けに飲むコーヒーが恋しいです」
「それもいいけど、まだこうしていたい」
 キルトとブランケットの下でエイメルを抱き寄せて距離を詰めた。熱を持った身体が密着し、足が触れた。
「ちょっとだけ寝坊しよう。たまにはいいだろう」
 額を突き合わせてくすくすと笑う。
「……貴方のにおいがします」
 枕とキルトの間に潜り込んだエイメルの息遣いを首元に感じた。
 大柄な身体を抱き締めると、抱き返された。額にキスを落として、脇腹の辺りを寝衣の上からくすぐる。エイメルは「ふふふ」と小さな声を上げて身を捩った。思わずつられて笑う。衣擦れの音と笑い声に、ベッドに降りていた眠りの幕が徐々に上がっていく。
「くすぐったいです」
「目が覚めた?」
「はい」
 不意に視線が絡まって、キルトの中で手を握り合う。エイメルの体温を感じたくて、指を互い違いに握る。そのまま手繰り寄せて指先に口付ければ、仔犬のじゃれ合いから恋人同士の甘い雰囲気に早変わりだ。こんな朝も悪くない。
 瞬きを繰り返し、顔を赤くさせているであろうエイメルの手にもう一度口唇器官を押し付けて、「さて」と切り出す。
「コーヒーを飲もうか」
「ええ。そうしましょう」
 キルトを捲り上げ、揃ってスリッパを引っ掛けてベッドを出る。
エイメルがカーテンを開け放つと、四角く切り取られた冬の朝陽が寝室を白く染め上げた。
「今日もいい天気です」
 眩しさに目を細める。朝陽を背に立つエイメルは嬉しそうだった。彼は太陽がよく似合う。
 ベッドを整えてキッチンに向かった。
 コーヒーを淹れて、寝衣のままカウンターに寄り掛かる。いつもお互い砂糖もミルクもいれない。
 冬の朝のコーヒーは特に美味しい。じんわりと腹の中から温まるからだろうか。少し濃い目を飲むのが好きだ。一杯のコーヒーを飲み終えるまでの間、エイメルと朝食のメニューは何にしようか話し合うのも好きだ。
「アスパラガスとトマトを使い切りたいよな」
「では、サラダにしましょうか」
「ベーコンパンケーキでも作ろうか」
「ああ、いいですね。久し振りに食べたいです」
「俺が焼くよ。ベーコンはカリカリにする」
 コーヒーを飲み切ってから、着替えて、身だしなみを整えて、朝食を作る——それが冬の朝のルーティンだ。
 今朝のメニューは、ベーコンパンケーキ、サラダ、昨日の残りのトマトスープに、スクランブルエッグになった。ベーコンパンケーキは、絶対に二枚は食べよう。
 空になった色違いのマグカップがカウンターに並ぶ。
 今日もエイメルとの一日がはじまる。