しゃくっ。
並びの整った白い歯が果肉を削ぐ小さな音が隣でして、聴覚器官が震えた。
神が召し上がっているのは、赤く熟れた、どこにでも売っている平凡な果実だが、神を崇拝し、信仰している人間達は、人の誕生と神との関わりを綴った書物の中で、人間が最初に犯した罪が、この果実を食べてしまったことであると説いている。
神によって生み出された彼らの祖である男女は、神の赦しなく禁断の果実を食べてしまったが故に無垢ではなくなり、神々の住まう楽園から追放されたのだという。
人間が犯した最初にして最大の罪を、神が赦したかはわからない。
「食べるかい?」
静かな声に顔を横に巡らせる。神はワタクシに果実を差し出していた。美しい御手に収まっている果実は、血の色をしていた。
「いえ、ワタクシには勿体ないものです」身じろぎしてソファに座り直す。大型の種族が並んで座れるソファのスプリングは、軋みもしない。「それは、アナタ様のものです」
神はゆっくりと口元に果実を引き寄せた。
「なんてことはない。ただの果物だ」
しゃくっ。
瑞々しい果肉から果汁が溢れ、筋を描いて手首まで伝い落ちていく。思わず喉が鳴った。
本当は、魅惑的な果実を食べてみたかった。けれど、果実は神のものなのだ。
求めてはいけない。
欲してはいけない。
わかっているのに、手を伸ばしてしまいそうになった……。
理性がぐらりと揺れ、己の浅ましさを恥じた。これではまるで、神の食べ物を盗んだ罰として、永遠の飢えと渇きに苦しむことになった怪物と同じではないか——。
視線を逸らそうとした時、神の双眸が細まった。
「オルーニィ、我慢しなくていいんだ」
空いていた御手が伸びてきて、片方の頬を包み込まれた。
——神がワタクシに触れてくださった!
甘い喜びが身体を巡り、脳髄で火花が散る。うっとりとしていると、濃い影が被さってきて、神の生き生きとした息遣いを感じた。
ハッとした時には、口唇器官を塞がれていた。動揺して、咄嗟に神の衣服の袖を握った。厚い舌が歯列を割って滑り込んできた。
「ん、……っ、ふ……」
夢中で動きを追う。頭がくらくらした。リップ音がして、狭い口腔に硬く小さなものが転がり込んできた。
「…………! ん、ぅ」
「食べなさい」
鼻先で神の吐息が弾んだ。
与えられたのは、赦しだった。
口唇器官を引き結び、移された果肉を噛み締める。こもった咀嚼音が聴覚器官に響く。甘くて、美味しい……。
「いい子だ」
神は喉を震わせて満足そうに笑って、また果実を齧った。