※タルホーシュが兜をずらして口元を露出させる描写を含んでいます、ご注意ください

「俺はお前が座っているところを見たことがない」
 背後からしたくだらない話題に首を巡らせると、タルホーシュは椅子にふんぞり返って、飲み終えた蜂蜜酒のボトルを手の中で退屈そうに転がしていた。
「私に相応しい椅子があれば座ってもいい」
「なら、お前が座っているところを見ることはできないな。なんせこの森に玉座はない」
 酔っているのだろうか。彼にしては上出来な諧謔に、小さく笑ってやる。
「なあ、ヴェクナ」
 ボトルをテーブルに置くと、タルホーシュはゆっくりと腰を上げ、歩み寄ってきた。
「もしかして、浮いたまま座れるのか?」
 答える代わりに、瞼を半分下ろして、宙に浮いたまま座る仕草をして寛いでみせた。
 足を組むと、タルホーシュは納得したように何度か頷いたが、一拍置いて唸った。
「不満そうだな」
「そういうわけじゃない。なにもない空中に座られると、目が錯覚を起こしているように感じる。妙な光景だ」
「このまま書物を読んでやろうか」
「いいや、いい。俺が落ち着かん」
 タルホーシュはこちらをまじまじと見詰めたあと、「よし」言った。
 銀色の両腕が伸びてきて尻の裏に回り、一気に抱き上げられた。
 身長が二メートルある大男よりも目線が高くなる。
「……なにをする」
「案外軽いんだな」
 頭を反らしてこちらを見上げるタルホーシュの傷だらけのクロース・ヘルムが鈍く光り、目庇の端からはみ出した褐色の髪が揺れた。天井の魔法陣の仄燈が差し込む視孔から、昏い目が覗いている。
「フン。ずいぶんと座り心地の悪い椅子だ」
 広い肩に手を置き、ボロボロの赤いマントを手弄る。
「こっちの方がいいか?」
 タルホーシュは踵を返した。どこへ下ろすつもりだろうかと怪訝に思っていると、蜂蜜酒のボトルの置かれたテーブルの端に慎重に下ろされた。
 タルホーシュは俯いて鷹揚と跪いた。
 革の手袋が剥き出しの足裏に添えられ、甲に兜の面頬が押し当てられる。うやうやしい口付けは、まるで忠誠の誓いのようだった。悪くない。
 足裏にあった手はローブの内側に潜り込み、そのまませりあがっていった。それに合わせるように頭が足首に移動する。
「…………」
 黙って見下ろしていると、タルホーシュは空いていた片手で兜を持ち上げた。先程まで蜂蜜酒を堪能していた唇が露出する。
 足首に口付けが落ちた。二股の骨の間に指が差し込まれる。輪郭をなぞられる感覚に目を細めているこの間も、長いローブの裾は少しずつ持ち上がって、隠れている足が暴かれていった。
 タルホーシュは足の付け根に向けて唇を押し付けていく。熱を持った舌が骨の隙間を丹念に舐め上げ、唇が薄い膝と大腿骨を繋ぐ筋膜を吸う。くぐもったリップ音が衣擦れの音に重なった。
 熱っぽい吐息と舌によって紡がれるのは、むず痒さにも似た快感だった。タルホーシュは、大腿骨にこびりついている血も舐めとった。
 頭はやがて、骨盤の方へ移動した。
「……やめろ」
 恥骨の結合部に舌を押し込まれた時はさすがに声を上げた。
タルホーシュは一度ぴたりと動きを止めたが、一刹那の間に一層強く恥骨をねぶってきた。
「調子に乗るな。よせと言っている」
 大腿骨のあわいにある兜を押し返すと、タルホーシュは素直に頭を離した。
 舌先で口端を舐めて兜を被り直し、頭を持ち上げる。
「感じたか?」
「……っ、お前という奴は……酔っているのなら、醒まさせてやろう」
「あの程度は酔ったりしない」
 濡れた股座の熱さに苛立ちつつも、片目をすがめて「犬のように舐め回すな」言い返す。
「お前の足を見ていたら、そうしたくなった」
 タルホーシュは悪びれた様子もなく言って立ち上がった。座ったまま見上げると、この男は巨躯なのだと実感する。放たれる圧に臆する臆病者は大勢いただろう。
「このテーブルよりも、お前の腕の方が座り心地はマシだ」
「俺の膝の上はもっといいぞ。なんなら、跨ってみるか?」
「断る。盛られても困るからな」
「試してみる価値はある。そうは思わないか?」
「ならば、その気にさせてみろ」
 手を伸ばして兜の面頬に触れると、タルホーシュは掌に頬を押し付けるように頭を傾けた。いつもの愛らしい仕草だ。
「今からその気にさせてやる」
 背中を丸めたタルホーシュの兜と額が重なる。
「やはり、酔っているな」
「……そうかもしれないな」
 一度だけ面頬に唇を押し当てると、忠実な騎士は満足したように、また笑った。