幕は上がり、喜劇がはじまる

 その日、夕方のニュースは或る話題で持ちきりだった。
 どの局も、アナウンサーたちが「世界はまさに混沌としています!」だとか「人間達は生き残れるのでしょうか?」と緊迫した表情で、次々と入る最新情報を読み上げていく。
 安穏と過ごしていた人間達にずいぶんと久し振りに試練が与えられたのだから、そうもなるだろう。しかも今回は、人間達だけでなく、他種族まで巻き込まれているのだという。
「小さな国同士で何十年も争っているからいけないのよ」
 試練を与えた張本人――ベッドの上でゆったりとくつろいで、テレビ画面を眺めている――はそう言ってけらけらと笑った。
「滅ぼすつもりか?」
 ベッドの端に腰掛けて問い掛けると、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべた。「それは、人間達次第」
 眸の奥に息づく一握の邪悪さがきらりと魅力的に光った。思わずくらっとくる。
 人類にとって過酷な試練を与える稀有なる存在は、気紛れで、自信家で、大胆だ。けれど、決して理不尽ではない。危機に瀕した時は救済を与え、迷える人々を導く。人類には、古来より彼女を信じ、加護を乞う集団による信仰もある。
「さて、どうしようかな。色々考えたの。残酷なことだってできる」
 鷹揚と身体を起こし、彼女は隣に座った。六代目が首を伸ばして、彼女に向けてくるくる鳴いた。
「そんな顔しないで。久し振りの試練だから、張りきっているの」
「そう急くことはないだろう。観客を楽しませるには、緩急が必要だ」
「……エンターテイナーにそう言われると、考えちゃうわ」
「まずは肩の力を抜くといい、マイレディ。主役はアンタだ」 
 パチンと指を鳴らす。反対側の手に現れた真っ赤な林檎のキャンディーを見て、彼女は目を丸くさせた。
「舞台の成功を祈って」
「ありがと……」
 彼女は包みからキャンディーを取り出し、口元に寄せた。今まで機嫌よくはしゃいでいた彼女は、急に静かになった。黙々とキャンディーを味わっている。菓子に夢中の子供みたいに。
 人間達は、彼女のこんな可愛らしい姿を知らないだろう……。
 テレビ画面の中で、緊急速報のテロップが流れる。
『A国とB国、停戦協定を締結。』
 どうやら、人類は試練を乗り越えられそうだ。