なんの予兆もなく儀式の形式が変わることがある。
通常はひとりで四人の生存者を仕留めるが、その特殊な儀式だけは殺人鬼がふたりになり、生存者は八人になる。エンティティの飢えを満たすにはこれくらい必要なのだろう。
ウェスカーはその特殊な儀式に何度か選ばれていた。相棒となる殺人鬼は儀式によって異なる分、武器も能力もバラバラだ。相性の良し悪し——お喋り好きのダニー・ジョンソンと、四人の若者たちのリーダーであるフランク・モリソンはやかましいので最悪だ!——もあるが、目的は変わらない。
生存者を追い詰め、生贄に捧げること——。
「生贄を」
複数の言語が重なるようにして脳内に響くエンティティの低い囁きがした。足元から這い上がった霧がウェスカーを包み込み、なにも見えなくなって、視界がクリアになった時、目の前には、今夜ともに狩りをする殺人鬼が立っていた。
逆立った黒い長髪。血の気のない青白い肌。切断されているのにも関わらず、宙に浮き繋がっている四肢——ウェスカーはこの殺人鬼を知っていた。
山岡凜。
彼女から激しい怒りが迸っているのをウェスカーは感じた。怒りだけではない。彼女は底知れぬ憎しみを抱えている。
彼女がなにに対して怒り、誰を憎んでいるのかウェスカーにはわからない。だが、身を裂くほどの憤怒と骨の随にまで達する憎悪がどんなものなのかウェスカーは知っている。
儀式の最中、ウェスカーは己を破滅させた或る男を思い出していた。名前すら口にしたくもない男だ。忌々しい記憶に集中力を乱され、ウェスカーは歯を食い縛った。
——忘れろ。今は。
触腕で捉えた生存者を壁に叩きつけ、虚空から降りてきたフックに似せたエンティティの爪に吊るす。断末魔が『グリーンビル広場』に響いた。
生き残っている生存者は、あとふたりだ。
エンティティが生存者に与える最後の希望であるハッチを全て締め終えると、近くのゲート付近で凜がひとり吊るすのが見えた。
残すはあとひとり。
感覚を研ぎ澄ませ、一番遠いゲートに向けてバウンドし、一気に距離を詰めた。ゲートを開けようとしていた生き残りはウェスカーの姿を見ると駆け出したが、一拍遅かった。跳躍したウェスカーのナイフが生存者の身体に深く食い込み、血が飛び散る。
血の跡を追って最後の獲物を仕留めようとしたが、しぶとく小賢しい生存者は逃げ回り、距離を離されてしまった。
走っている生存者がウェスカーの方へ首を巡らせた時、正面に、立ちはだかるようにして突然凜が現れた。生存者と凜が衝突するよりも先に刃こぼれした血まみれの日本刀が空を斬り、一太刀浴びた生存者はよろめいて、血溜まりの中に倒れ込んだ。
「お前じゃない!」
凜の怒号は、まるで咆哮だった。彼女は黒い涙のあとの残る顔を歪ませて、地面に転がった生存者に向けて日本刀を何度も振り下ろした。切れ味の悪い刃によって肉体が切り刻まれていく。凜は生存者が事切れてもなお手を止めなかった。激しい殺意のみが彼女を突き動かしている。
鋭く長い息吹のあと、凜はようやく刀を下ろし、立ち尽くすウェスカーに顔を向けた。
「父じゃなかった」
声には苛立ちの棘があった。彼女は死後も父親に囚われていることをウェスカーは察した。燃える魂は、復讐を望んでいる。
「私とお前はどこか似ている」
「……どこが」
「凄まじい怒りと憎しみは、私にも覚えがある」
サングラスを外し、ウェスカーは紅い眸で凜を真っ直ぐに見据えた。
「復讐したい相手の顔が苦しみに歪み、眸から光が消えるのを見届けるためなら……俺は世界を壊す」
腹の底から途方もない怒りが湧き上がってきた。
クリス。クリス・レッドフィールド。俺の計画をぶち壊した男。神となった俺を地に堕とした男——。
「世界を壊す……悪くないわね」
凜の表情が一刹那和らいだのをウェスカーは見た。
「私は絶対に父を見つけ出して殺す」
凜が言い終わる前に、霧が辺りに立ち込める。儀式は終わりだ。
「お前の復讐が成し遂げられることを祈る」
目を伏せ、サングラスを掛けて、ウェスカーは呟いた。
龍の逆鱗に触れた者は、皆死ぬ運命だ。