※リフト報酬のナイトのフィギュアが可愛かったので書きました。
※アブラカダブラのあとの話。こちらの内容に少しだけ触れています。
カレブたちとの〝おまじカレブたちとの〝おまじない〟の一件以来、〈リッチ〉の領域に足を踏み入ることを許されたリサは、時々『忘れ去られた遺跡』を訪れた。
〈リッチ〉は、リサの村に古くから伝わるおまじないや、大人たちが行っていた呪術の話に興味を示した。リサもまた、〈リッチ〉の魔法のことを知りたかったが、彼は知識をひけらかしたりしなかったし、魔法について訊ねても答えてはくれないので、床に落書きをしたり、まったく理解できない難しい書物を読んで過ごしてばかりだ。
それでもリサは不思議な遺跡の地下が好きだった。
ただ、遺跡にある塔の地下に入れる時もあれば、入れない時もあった。
遺跡の地下には〈リッチ〉の使い魔である死霊が彷徨っていて、彼らに道を阻まれてしまうことがあるのだ。
その時は〈リッチ〉が「忙しい」か「集中している」時なのだとリサはなんとなく感じ取っている。実際彼はいつも分厚い本を読んでいたり、宙に浮いた羊皮紙に羽ペンを走らせているのだ。
だが、その日は死霊たちはリサを迎え入れるように道を開けてくれた。今日は主人に会わせてくれるらしい。
地下の最奥にある、天井が美しい部屋に隣接した奥行きのない物置のような場所に彼はいた。〈リッチ〉はリサを見ると、持っていた小瓶をテーブルに置いた。コルクで塞がれた丸い小瓶の中には、鮮やかな緑色の液体が入っている。
「それなあに?」
自分よりもずっと背の高い〈リッチ〉を見上げて、リサは首を傾げる。
「鬼火だ」
「火なの? 液体に見えるけど……」
「これは空気に触れた瞬間引火する特殊なものだ。一度燃えると、すべてを燃やし尽くすまでは決して消えない」〈リッチ〉は小瓶を指先でこつこつと叩いた。「燃え盛る火は美しい色をしている」
「……慎重に扱わないといけないのね」
リサはそっと小瓶から離れた。彼はかつてこの火でなにを燃やしたのだろうか。
広い部屋に戻り、リサは本棚の傍に置かれた椅子に腰掛けて、村で大人たちが作っていた幸運を招く木像や、魔除けの仮面——おばあちゃんのおばあちゃんの時代から代々伝わる仮面——の話をした。
「そういえば、〈リッチ〉は処刑用フックに魔除けをつけている?」
丸まった背中を伸ばして背もたれに寄り掛かったリサが嗄れた声で問い掛けると、〈リッチ〉は怪訝そうに首を横に振った。
「あのね、魔除けはね、三つまでつけられるのよ」
リサは椅子から飛び降りるようにして床に両足をついた。
「みんなつけているわ。種類もたくさんある。フランクたちは四人お揃いにしていて、ケネスは指のフライドポテトをぶら下げている。カレブの魔除けはフランクが派手なものを選んだの」
顎に片手を添えて、〈リッチ〉は視軸を足元に落とした。
「魔除けか……たしかに必要だな」
「でしょう? つけた方がいいわ」
「私は装身具として身につけている。それで充分だ」
「えー、せっかくだし、つけましょうよ。きっと素敵よ!」
リサの提案に、〈リッチは「お前は無邪気だな」苦笑いし、折れた。
処刑用フックに吊り下げる魔除けは、一種類につきひとつずつ用意されていて、殺人鬼全員が同じものを持っているとリサは説明した。
いつから魔除けを飾るようになったかはもう誰も覚えていない——たしか、ある日突然、焚火の前に、魔除けが入った血と泥で汚れた小箱が人数分置かれていたことがあった——どういう仕組みなのかわからないが、魔除けは今でも種類が増えている。エンティティの気紛れだろう。
〈リッチ〉の分の魔除けがどこにあるのかわからなかったので、リサは自分の『魔除け入れ』——カレブに作ってもらった!——を持って再び『忘れ去られた遺跡』を訪れた。
「どれがいい?」
テーブルに置いた箱を覗き込んだ〈リッチ〉は唸った。彼からすれば、なんの価値もないおもちゃのようなものかもしれない。
リサは自分がつけている魔除けと、フランクがカレブに選んだ『クールでド派手なやつ!』を見せた。〈リッチ〉はまた苦笑いした。
「私が選んであげましょうか?」
「いや、私自身で選ぶ」
〈リッチ〉の長い人差し指が下から上に動くと、魔除けが引っ張り上げられるようにいくつも宙に浮いた。
「これは人形か」
ふたつの魔除けが〈リッチ〉の目の前まで移動した。それは、ダニーとフィリップを模った小さなフィギュアだった。
「ああ、それはね、『フィギュア』っていうんだって。アドリアナが教えてくれたわ。ここにあるフィギュアは、全部小さく可愛くされているの。素敵でしょう?」
「精緻だな。よく似ている。……あの憎たらしいお喋り野郎と悲観的な偽善者そのものだ」
〈リッチ〉は顔を顰めてダニーとフィリップのフィギュアを眺めたあと、宙に浮かんでいた魔除けとともに箱に戻した。
魔除けを吟味している〈リッチ〉の視線が箱の隅に向いたことにリサは気付いた。彼の視線の先には、最近増えた、タルホーシュのフィギュアがあった。そのフィギュアは特別な骨の鎧を纏っていて、大剣を手にしている。
〈リッチ〉は直々にそれを摘み上げて見詰めた。
「それ、いいわね」
尖った指先で、リサはタルホーシュのフィギュアを差した。
「〈リッチ〉は彼と親しいんだっけ? なら、絶対それがいいわ。あなたのことを護ってくれるわよ。もしかしたら、幸運を招いてくれるかも!」
タルホーシュには〝おまじない〟の件で恩があった。彼はこの領域の主に会わせてくれただけでなく、目の前にいる稀代の魔術師がほんの戯れで撃った真っ赤な雷の刃からリサとヒルビリーとカレブを護ってくれたのだ。
「……そうだな。これにしよう」タルホーシュのフィギュアを掌に転がして、〈リッチ〉は掠れた声で笑った。「それにしても、よくできている」
タルホーシュは『忘れ去られた遺跡』の塔の階段を降りながら、先程リサに言われたことを思い出していた。
彼女が『あなたは〈リッチ〉ととても仲がいいのね』と言い出した時は思わず固まった。まさかこの人喰いの娘に関係を知られたのかと思ったのだ。
——いや、知るはずはない。知られてはいけない。
言葉を詰まらせていると、リサは老人の空咳のような笑い声を上げたあと、しゃがれた声で『〈リッチ〉は処刑用フックに、あなたのフィギュアをつけたのよ。これって、仲良しだからよね!』と続けた。
肩から力が抜けるのをタルホーシュは感じた。それから、兜(クロース・ヘルム)の下で乾いた上唇を舐めて、「詳しく教えてくれ」と訊ねた。
地下の最奥。いつもの部屋にヴェクナはいた。彼と目が合うと、タルホーシュはリサの言葉を思い出し、胸の内側で喜びと気恥ずかしさがごちゃ混ぜになった。それを悟られないよう、ゆっくりと息を吸って、ゆっくりと吐き出した。
「処刑用フックに魔除けをつけたそうだな」
「耳が早いな。さては〈ハグ〉から聞いたか」
「ああ。俺の人形を選んだとも聞いた」
タルホーシュはいつものように、獅子の絵が飾られた額縁の下にある椅子にどっかりと座り、大剣を石壁に立て掛けて、腕を組んだ。
「お前がそんなに俺のことが好きだったとはな」
「お前にしては冗談が上手いな」
ヴェクナは喉の奥で低く笑った。
「人形は厄災の身代わりになる。あの娘は健気にもお前の人形が私を護り、幸運をもたらすと言っていたが、私はそうは思ってはいない」
タルホーシュは腕を解いた。「どういう意味だ?」
「人形は悪そのものの象徴ともされている。お前の次元にもそういった文化はなかったか?」
「……あった……かもしれん」
言い終わる前に、タルホーシュのフィギュアが空中にふっと現れて、ヴェクナの上を向いた肉の薄い掌に落ちた。彼はフィギュアの頭のてっぺんについている金具を摘み、持ち上げた。
「大量虐殺を望み、破壊の限りを尽くし、すべてを燃やし尽くす男……。邪悪だ。素晴らしい。たとえ小さな人形であっても、モデルはお前だ。悪を象っている。それならば、私はお前を選び、傍に置く」
タルホーシュはごくりと唾を飲み込んだ。『つまり、それくらい俺のことが好きってことだよな?』という言葉も一緒に飲み込んだ。
「お前の人形が増えたら、俺も飾ろう」
「……私の人形だと? よせ、考えたくもない。ああクソッ、忌々しい箱庭の主ならやりかねんな」
嫌がるヴェクナを見て、タルホーシュは肩をすくめた。
処刑用フックには、殺人鬼が儀式の時にだけ解放できる能力をわかりやすく記号化したもの——能力を『パーク』と呼び、それをエンティティが記号化したものを『パークアイコン』と呼んでいる——も魔除けとして飾ることができる。タルホーシュは、ヴェクナが用いる固有能力である『闇の慢心』『倦怠感』『同調』のパークアイコンを処刑用フックにぶら下げている。
そうすることで、儀式の時に、その場にいない彼に見せてやれない美しい死の光景を見せられるような気がしているのだ。
それを打ち明ける気はなかった。
知っているのは、配下の三人だけでいい。
「お前とゆっくり話がしたかったが、どうやら今夜の儀式には俺が選ばれたらしい」
足元からまとわりつくように立ち上る霧を見下ろし、タルホーシュは言った。
「皆殺しにしてこい」
「もちろん。全員殺す」
霧が兜の視孔に垂れ込んで、ヴェクナの姿が見えなくなる。
霧が晴れる。場所は『死んだ犬の酒場』だった。
目の前に、鎮座する処刑用フックが見えた。生贄を吊るす鋭いフックを支える太い支柱に、タルホーシュが選んだ三つの魔除けが、荒野を照らす夕陽を反射させていた。
儀式がはじまる。さあ、虐殺といこう。