デススリンガーとハウンドマスター

「なかなかいい酒場じゃないか」
 自動演奏のピアノの音よりも大きな声は、聞いたことのないものだった。カレブが振り返ると、ウイスキー色の肌をした、恰幅のいい女が夕陽を背に酒場の入口に立っていた。女の横には、ずんぐりとした真っ黒な犬が座り込んでいる。
「誰だ? 新入りか?」
 カレブは正面に顔を戻し、手札を見ながら言った。
「ああ、たしか、海賊の」
 向かいでハーマンがテーブルにカードを放り出した。
「犬は躾けてあるか?」
 エヴァンが酒の入ったグラスを手繰り寄せた。
「へえ、ポーカーかい」女は男たちの圧にも怖じ気づくことはなかった。「あたしはボーシャ。海賊じゃあない。船乗りだよ」
 女は柄に金色の小さな髑髏のついた杖を手に、背筋をまっすぐ伸ばして鷹揚と歩き、カウンターにあったグラスを掴み取ると、カレブたちのいるポーカーのテーブルに寄ってきた。
「この子はあんたらの尻に咬み付いたりしないさ」
 彼女は空いていた椅子にどっかりと腰を下ろし、顎でウイスキーのボトルを差した。
「あたしも一杯もらっていいかい?」
 カレブは彼女の前にボトルを置いてやった。
「悪いね、カウボーイ」
「……カウボーイ? 俺のことか?」
「違うのかい?」ボーシャはウイスキーをなみなみと注ぎながら笑った。「ここにはカウボーイがいるって聞いたんだけどね」
 三人の男たちは顔を見合わせた。この女は、ずいぶんと肝が据わっている。
「海賊がいた時代にはまだカウボーイはいないのでは?」
 ハーマンは開瞼器を外した目を細め、開口器で吊り上がっていない唇を引き結んだ。
「いないよ。この森に来てカウボーイってのを知ったのさ。あたしの時代の方が、あんたたちの時代より古い。でも、海賊もカウボーイも、ずっとあとの時代には、本の中の存在になってるみたいだねえ」
 ボーシャはウイスキーをあおり、「でも」と続けた。
「現にあたしはあんたたちの前にいる。カウボーイもいる。あたしたちは御伽噺の存在じゃない」
 エヴァンとボーシャの間にいた犬がのろのろと伏せ、前足に顎を載せて、すぴすぴと鼻を鳴らしはじめた。 
「だからこそ知りたいんだ。未来のことをあたしに色々教えちゃくれないかい?」
「歓迎するぜ、新入り」カレブは椅子に背中を投げ出した。「お前の時代は俺より古いか。……百年は、長いぞ」
「大丈夫さカウボーイ。百年でも二百年でも構わない。変化には慣れてる。波も風も、同じ日はないからね」
「そうかい。ああ、ついでに言うと、俺はカウボーイじゃない」
「おや、そうなのかい」
 ボーシャは唇を突き出した。
「なんて呼べばいいんだい? あんたたちの名前を教えておくれ」
 三人の男たちは小さく笑った。そして、名前を告げた。
「カレブに、エヴァン、ハーマンか。いい名前じゃないか。これからよろしく頼むよ」
 ボーシャが豪快に笑う。彼女の犬が顔を上げ、尻尾を振った。
「海と陸の仲間に」
 カレブはグラスを掲げた。四つのグラスが引き合った。
 時代の移り変わりは波のようだったが、男たちの話はボーシャの冒険心を揺さぶり、彼女の大海原の話もまた、男たちの好奇心をくすぐったのだった。