信頼と親愛

「みんな、お疲れ様。おかげで素材集まったよ」

 戦いを終え、ともに戦ってくれたサーヴァントたちに声を掛ける。

「戦闘終了。損傷軽微。バンカーへの帰還を推奨。マスターに休息を提案」

「しっかり休んでくださいね、マスター」

 為朝とマシュの言葉に肩の力が抜けた。

 そばで改造銃の弾を装填しているテスカトリポカ――今回の戦闘もほとんど弾は当たらず、直接改造銃のバレルについた刃で斬りつけていた――は、こちらを見ないまま「次の戦争に備えておけよ」言った。

 テスカトリポカの言う通り、戦いの日々は続く。

 闘争を好む彼とこうして戦闘を重ねるうちに、采配はより精度を増した気がする。あくまで、そんな気がするだけだが。

 全身を駆け巡るアドレナリンで火照る身体から熱が引いていくのを感じながら、なんだか無性に甘いものが食べたくなって、管制室に戻って、医務室でメディカルチェックを受けたあとに食堂に行くことにした。

 食堂に行くことを告げると、テスカトリポカは「そうか。戦いのあとだ。甘いものを食べて、しっかり休め」ひらひらと片手を振って、踵を返してどこかへ行ってしまった。

戦闘後のメンテナンスを行うという為朝を見送り、食堂まで続く通路をマシュと並んで歩いた。

「先輩、そういえば」

「ん?」

「最近テスカトリポカさんと一緒にいることが多いですが、親しくなったのですね」

「あの人がどう思ってるかはわからないけど、わたしはうまくやれてると思う」

「テスカトリポカさんも、先輩をマスターとして認めてくれたのではないでしょうか」

「わたしを信用してくれてたらいいんだけど……」

「きっと大丈夫です。先輩はわたしの自慢のマスターですから」

「ありがとう、マシュ」

 眦を下げるマシュにつられて、頬が緩んだ。

 テスカトリポカは、残酷で、皮肉屋で、気紛れだ。

 神話の時代には、ジャガーに姿を変えて最初の世界を滅ぼし、奸計で敵対する神を陥れ、荘厳な曲を奏でて人々を陶酔させて、自らの足で崖から転落させたこともあるという。破壊的なテスカトリポカの残忍さは、ナウイ・ミクトランの地で味わっている。

 一方で、彼は交わした取り決めを決して破らないことも知った。

 故に彼を召喚した時、異聞帯で敵対していたとはいえ、信じてもいいだろうと思った。

 今では、わたしは腹の底からテスカトリポカを信頼している。しかし、この心腹は、一方的ではないだろうか。

 彼と信頼関係を築けているだろうか――食堂でネモ・ベーカリー特製のプリンを食べている間も、頭の片隅に浮かんだ不安はこびりついて落ちなかった。

 部屋に戻ると、テスカトリポカがいた。

 ベッドに腰掛けて改造銃の刃の手入れをしていた。驚いて一刹那息が詰まり、身体が強張った。「なんでいるんですか?」

「いちゃ悪いか? 落ち着くんだよ。おまえの部屋」

「仮眠を取ろうかと思ってたのに」

「終わるまで我慢してくれ」

 テスカトリポカは悪びれる様子もなく、俯いたまま黒い布で刃を磨いている。

 ベッドを占拠されてしまったが、構わず隣に腰を下ろした。

「ひとつ、訊いてもいいですか」

「なんだ」

「あなたは、わたしを信頼してくれていますか?」

 刃を擦るテスカトリポカの手が止まった。

 顔を上げた彼は首を巡らせた。視線が重なる。サングラスのレンズの奥からわたしを真っ直ぐに見据える目は涼やかだ。

 ふたりの間に降りてきた緊張感が、わたしの肩にのしかかる。

 瞬きをゆっくりと二回して、テスカトリポカは引き結んでいた口唇を開いた。

「おまえは逃げずに戦うと言った。目も逸らさないとも言った。あの時のおまえはいい顔をしていた。戦士の顔だったよ」

 テスカトリポカの青い双眸に、熱情の巨影がよぎる。

「……そうだな、腹蔵なく言おう。オレはおまえを裏切ろうとは思わない。騙そうとも思わない。苦しめようとも思わない。非難しようとも思わない。壊そうとも思わない。拒絶しようとも思わない。堕落させようとも思わない。他にもあるが、全部聞きたいか?」

「それって、つまり……」

 言葉は喉を滑り落ちていって消えたが、続きは言わなくてもいい。

 胸の奥で静かに規則的に拍動していた心臓の音がすぐ耳元でする。顔が熱い。自惚れてはいけない。そんなことはわかっているけれど、どうしても、喜びを抑えきれない。

「……ありがと」

 ぽつりと呟いて、下を向く。太腿にのせた手に力がこもる。

「オレからも質問がある」

「な、なに?」

 慌てて顔を上げる。テスカトリポカの鋭い視線に、背筋が伸びた。

 彼からの問い掛けとはなんだろうか。もしかしたら、先の戦闘に関することかもしれない。いや、彼のことだから、マスターとしての覚悟の有無だとか、生の価値観について訊ねてくるのかもしれない……

「食堂でなにを食ってきたんだ?」

 テスカトリポカはあっさりとそう言った。

 力が抜けて、笑ってしまいそうになった。

「プリンです」と答えると、彼は「あの柔らかい菓子のことか。たしかあれは卵から作られるそうだな」一握の好奇心を眸に浮かべた。

 テスカトリポカの手元で、改造銃の磨き抜かれた黒曜石のように鋭い刃が、鈍い輝きを放っている。