馬上槍試合

 今年も大規模な馬上槍試合に招聘を受け、主催である西国を訪った。

 世界中から王と騎士が集まるこの馬上槍試合は、一対一のトーナメント方式の競技会で、騎士であれば誰もが参加ができる。

 騎士たちは試合を通して勇敢さと技量を示す。栄光ある優勝者(チャンピオン)は祝福を受け、西国の王から勲章を賞賜され、莫大な金貨が与えられる。騎士にとって憧れの場であり、名誉ある荘重な儀式なのだが、正直なところ、興味がない。

 時に死者が出るとはいえ、こんなもの、所詮はお遊びだ。それに、武というのはひけらかすものではない。

 とはいえ一国の王なのだから、出席しなければ体裁が悪い。故に毎年こうして見物にきている。我が国の騎士と戦いたがる者もいるが、オウケンも隊長も、参加させたことはない。

 三日に及ぶ試合も、あとは決勝戦だけだった。

 数多の試合を勝ち抜いてきたのは、今年も東国と北国の騎士だった。東国の騎士の槍捌きは見事なもので、控えているオウケンや隊長も関心していた。

 会場が盛り上がる中、決勝で彼と戦うはずだった北国の騎士が、蜂に刺され、重度のアレルギー反応を引き起こし、試合どころではないと報せが入った。

 如何なる理由があろうとも、試合に出ないのは棄権とされる。東国の騎士が優勝すれば、三連覇になる。

「我が槍を止められる者はいないか!」

 騎士は叫んで、辺りを見回した。途端に、観覧席に各々座している王のそばにいた騎士が次々に立ち上がって声を上げた。立っていないのは、オウケンと隊長くらいだった。

 東国の騎士は首を巡らせている。兜の下で対戦相手を吟味しているらしい。

 ややあって、彼は手にしていた槍の切っ先を地面に突き刺した。それを合図にするように、会場は静まり返った。

「そこにいるのは、冥府の剣王ではありませんか」

 その場にいた全員の視線がこちらに向く。

「ぜひ、手合わせ願いたい」

「生憎だが、我が国は参加表明をしていない」腰掛けていた椅子の肘掛けに突いていた頬杖を崩し、腿の上で手を組む。「その申し出は受けられん」

「デスハー王、崇高な決闘の申し出を断ると申されますか」

「……決闘だと?」

 片目を眇めて騎士を凝眸する。

「はい。私は、この場でオウケン殿に決闘を申し込みます。勝った方が優勝者(チャンピオン)になるということでどうでしょう? 西国の王よ、ご承諾いただけますでしょうか」

 すべての権利を握る王は「特例を認めよう」言った。

 ざわめきがさざなみのように広がっていく。

「へっ、目立ちたがり屋め」

「兄者、私は決闘を受けるつもりはありません」

 距離を詰めてきたオウケンが身を屈めたまま耳元で囁いた。

「そうだな。ここは私が収めよう」

 立ち上がろうとした時、風が吹いて「どうしたのだ。臆しているのか? 冥府の剣王というのは名ばかりのようだな。それとも槍は不得手か?」挑発の言葉が届いた。

「オウケン、安い挑発には……」言い終わる前に、弟は立ち上がっていた。

「オウケン?」

 弟を一瞥すると、こめかみには太い青筋が浮いていた。オウケンは鋭い視線を真っ直ぐに挑発者に向けている。

――ああ、これはもう止められない。

「……行ってこい」

 溜息を噛み殺して、再びのろのろと頬杖を突く。

 うしろで、隊長が唸っていた。

 厩にいた愛馬を牽いてきてもらい、馬鎧を装備してもらった。

 使用するのは先端が丸くなった木製の威力の低いダミーの槍だが、激しいぶつかり合いだ、折れることもある。破片が馬に刺さり、貴重な軍馬が死ぬことだってある。

 もちろん、打ち所が悪ければ騎手も死ぬ。馬上槍試合、もとい、戦いとはそういうものだ。そして、そんな戦いの場で決闘を申し込まれたのだ。殺してしまっても構わないだろう。

 観覧席に囲まれた会場の中央に設けられた木柵の端で愛馬に跨り、槍を従者から受け取る。兜を被り、面頬を下ろす。愛馬は前足で忙しなく地面を蹴っている。興奮しているのが手綱から伝わってくる。

 数十ヤード離れた先で、柵の反対側にいる東国の騎士も準備が整ったらしい。

 互いに槍を水平に構えると、離れたところで、試合開始の合図を送る紋章官(ヘラルド)が角笛を手にした。周囲は緊張混じりの静寂に満ちている。

 一刹那時が止まり――角笛の甲高い音が轟いた。

 勝負は一瞬で決まる。愛馬の横腹を蹴り、駆け出した。瞬きをせずに兜の視孔から真っ直ぐに相手を見据え、突撃する。すれ違いざまの相手の素早い一突きを上半身を捻って躱し、胸に一合叩き込んだ。

 衝撃で槍が先端から半ばまで砕け散った。背後で鈍い音がしたが構わず走り続けた。木柵の端に辿り着く前に減速し、馬を止めて馬首を返すと、落馬した東国の騎士が地面に転がっていた。

「生きているか?」

 歓声を無視して馬を降りて歩み寄り、問い掛ける。うつ伏せで倒れていた騎士は、土埃の中で両腕を突っ張り、よろめきながら立ち上がった。背中を丸め、胸を押さえている。

「見事」

 騎士は咳き込みながら面頬を上げた。口の端から、血の筋が顎まで伸びていた。

「冥府の剣王、恐れ入った。貴公は強いな。さすがは、世界最強の騎士を束ねる長だ。なぜ今まで出場しなかったのだ?」

「私の剣は我が王を護るためにあるからだ」

「……王を護るため、か」

 騎士は俯き、ゆっくりと何度か頷くと、顔を上げた。

「貴公の言う通りだ。私は自惚れていたようだ。先ほどの非礼を詫びる。すまなかった」

 騎士は微かに笑って右手を差し出した。

 握手を交わすものかと思って同じく右手を伸ばそうとしたが、それよりも先に対の手を掴まれ、そのまま天に向けて高々と持ち上げられた。

「新たなる優勝者(チャンピオン)、オウケン殿に喝采を!」

 会場は沸き立ち、拍手はしばらくの間鳴りやまなかった。

 気恥ずかしくなって、どうしていいかわからず、観覧席にいる兄者を見る。兄者は楽しそうに笑っていた。それにつられて笑みが漏れる。

 こういう時は、胸を張ってもいいだろう。