血の滴るご馳走を

 妻としたのは、かつて地上で栄華を極めた一族の出である、若く美しい娘だった。

 盛者必衰とは世の常で、娘の一族は今や斜陽の一途を辿っているが、娘を貰う代わりに、三族は保護してやると約束した。

 奴隷である人と契りを交わし、人間の女を娶った神は、おそらく私だけだろう。空前絶後のはじめての試みが、不老不死の研究の成果に繋がればいい。

 妻には子を産ませる必要があったが、三月経っても、半年経っても、懐妊の気配はなかった。子を孕ませることができなければ意味がない。次の世代へ命を繋ぐという行為が人間にできて、神にできないわけがない。

 妻に、何度種付けしたかわからない。

 その晩も、薄闇の中で見慣れた夭夭たる肉体がシーツに咲いた。体格差があるため、いつものように四つん這いにさせようとしたが、妻がうつ伏せになることはなかった。

「あなたのお顔を見せてください」

 妻はそう言って、色白の肉付きのいい身体をもたげ、シーツに座り込むと、私を見上げた。見詰め合っていると、ほっそりとした指が頬に触れた。妻の手はあたたかい。

――健気な女だ。

 寝所に似つかわしい生々しいスキンシップを図ることにした。

 その夜から、家畜の種付けから夫婦の営みに変わった。

 間もなくして、妻は身籠った。

「男の子と女の子、どちらだと思いますか?」

 膨れた腹を撫でながら、妻は首を傾げた。興味がないので「どちらでもいい」と答える。

「私は、あなたに似た男の子が欲しいです」

 妻はもう、母の顔になっていた。

 腹の子のためにできることといえば、妻に栄養価の高いものを食べさせることだった。

 冥府騎士団の精鋭を引き連れて城を出て、冥府の奥地に棲むキマイラを狩ってきた。キマイラの心臓は筋肉の塊だ。食べれば精がつく。

 まだあたたかいうちにキマイラを解体し、抉り出した心臓を妻に見せる。

「キマイラの心臓だ。腹の子にいい。焼いて食え」

「私のために?」

 血腥い臓物を見せられても、妻は顔色ひとつ変えることなく、それどころか、目をらんらんと輝かせた。

「……腹の子のためだ」

「まぁ」妻は嬉しそうに笑った。「ありがとうございます」

 まったく、この女はどこまでもしたたかだ。

夕食に出た心臓の丸焼きを、妻は平然と平らげた。血の滴る馳走は彼女の糧となるだろう。

 次はワイバーンの肝でも食べさせようか。それとも、ヒュドラの心臓がいいだろうか。

 紅唇の端についた血をナプキンで拭う妻の涼しげな顔を見詰めて、そんなことを考え、食後のワインをあおった。