「兄者と、その……」
先程から、オウケンは俯いたまま言い淀んで、言葉の続きを言えずにいた。オウケンにしてはらしくない態度に、苦笑いを零して言葉の続きを待った。よほど言い出しにくいことなのだろうか。
「なんだ。遠慮せず言ってみろ」
「は、はい」徐に顔を上げたオウケンの頬は赤くなっていた。「兄者と、接吻がしてみたいのです」
「……へ?」
目を瞬かせて、オウケンの赤くなった顔を凝眸する。
寝所を満たす心地いい静けさに羞恥心の火種が弾けた。オウケンはまた俯いた。
情を交わす仲なのだから、そういったスキンシップのひとつやふたつ、あってもいいだろう。
それに弟は若い。衝動にも似た渇望があって当然だ。兄として、堂々と受け容れるべきだろう。そういった経験がないから、雰囲気も、やり方もわからないが。
「オレは構わない」
「よろしいのですか?」
テーブルの上のチェス盤で、駒たちが戦意を失っていく。
「ああ」軽く頷くと、オウケンは早速椅子から腰を上げ、おそるおそるといった様子でそばに寄ってきた。
愛し合う者同士に似つかわしい甘ったるい雰囲気ではなく、まるで鍛錬で手合わせをする時のような緊張がふたりの間に降りてきた。
「し、失礼します」
オウケンの手が肩に乗る。濃い影が被さってきて目を閉じると、閉じていた唇に柔らかいものが押し当てられた。
肩に置かれた手に力がこもった。唇同士が触れたのは一瞬だった。
薄目を開けると、赤面したオウケンが丸めていた背筋を伸ばして、目を潤ませてこちらを見詰めていた。両肩が強張っているのがわかる。
「オウケン、そんなに緊張することではないだろう」
「しかし兄者、私は接吻の経験がありませんし、どうすればいいのかわかりません」
「オレだって経験はない。これからふたりで経験していけばいいだろう」
見詰め合って、「そうですね」先にオウケンが照れくさそうに笑った。
オウケンはもう一度屈んだ。距離が詰まる間に瞼を下ろした。唇が重なって、湿った舌先が下唇に触れる。
オウケンの舌を歯で傷付けぬよう慎重に受け容れた。ぎこちなく舌先でつつき合い、熱い吐息を交える。
「はっ……兄者……」
興奮を抑えきれないオウケンの息遣いが鼻先で弾んだ。オウケンの濡れた口唇の真ん中を舐め上げると、拳ひとつ分頭が離れた。
「ずいぶん積極的だな」
「ずっと、兄者と接吻がしたいと思っていましたから」
「好きなだけするといい」
オウケンの頬を指の腹で撫でる。唇が引き合って、リップ音が耳朶を打った。歯の間にぬるりと滑り込んできた厚い塊に舌を包まれる。深い場所で交わった。粘膜が擦れる音に、余裕が削れていく。
「兄者、愛しています」
弟は愛の言葉を紡ぐと、怒涛の勢いで攻め立ててきた。はじめての接吻は、弟にとって刺激的なようだった。
唾液を飲まされ、頭がくらくらした。「う、ん……」オウケンの首のうしろに手を回し、なくなった余裕を取り繕う。
どれくらいそうしていただろう、不意に弟はゆっくりと離れた。
「兄者のはじめての接吻の相手が、オレで嬉しいです」
オウケンはぎらぎらした眸に熱情を宿して言った。
弟の若い性が煮え滾る音がする。
初々しく瑞々しい夜が更けていく。