――王子たちの母君である王妃に仲裁してもらってはどうか。
羊皮紙にそう綴り終えたあと、部屋に響いた小さなノック音で集中力が弾けた。
「入ってくれ」
ドアを一瞥して羽ペンをスタンドに戻す。インクはまだ乾いていないから、羊皮紙はこのままでいいだろう。
立ち上がるのと同時にドアが開いて、四角く縁取られた薄闇の中からべビンが現れた。「待っていたよ」
ほっと溜息混じりの笑みを零して「さ、座ってくれ」酒を用意しているテーブルに掌を向ける。
先程まで齧りついていた執務机を背にして、よっこらせと椅子に座り、ワインを開ける。べビンはドアを後ろ手に閉め、鷹揚と反対側の席に腰を下ろした。
「こんな時間まで執務か?」
「いや、書簡を書いていたんだ。私宛に西国の宰相から、戦争を止める手立てを考えてほしいという相談事が舞い込んできてね」
「へえ、なんでまた?」
「それがなあ」
苦笑いで口火を切って、べビンの杯にワインを注いでやる。今夜のは、南国産だ。
「耳の早いお前さんならもう知っているかもしれないが、西は後継者争いで大変なことになってる。本来後継者になるはずだった第一王子が謀殺されて、今じゃ第二王子と第三王子がすったもんだで内輪揉めをしていて、戦争の一歩手前の状態らしい。第一王子を殺した首謀者は未だにわからないというのに、よくもまあそんなことをしていられるものだ」
「ああ、その話か。知っている。王の器たる第一王子は側女の子だろう? 自分の子を王にしたい王妃が首謀者だ」
「……なんだって?」
面食らってうっかりボトルを落としそうになった。
「王子の寝所に〝毒蛇〟が放たれたのさ」
「女と毒を使ったのか」顔を顰める。「卑怯者がすることだ」
「女ってのは恐ろしいねえ」
べビンは杯を引き寄せ、口元で傾けた。
「美味いなこのワイン。南国産か?」
「うん」
曖昧に返事をしながら自分の杯に半分ほどワインを注ぐ。
先程の書簡は書き直さなければならない。ただ、『首謀者は王妃だ』なんて書けないので、一度王に書簡を送った方がいいと奨めてやろう。そもそも、王の存命中に後継者争いをするなという話なのだが。
「私は北と南にばかり目を向けていた。べビン、お前さんの早耳には敵わないよ」
「政治家というのは、いくつ目と耳があっても足りないな」
「いやあ、お前さんが私の目となり耳となってくれるおかげでずいぶん助けられているよ」
ワインをあおる。芳醇な甘さが鼻に抜けた。
「オレの可愛い蛇たちが優秀なんだ」
「ハハハ、今度御礼にネズミでもやろう。いい子たちだ。特にミツマタ、彼は賢いなあ」
ベビンの目尻に笑い皺が寄った。蛇の話になると、彼の表情は朗らかになる。
「そうだ、北の話も聞くかい? 面白い話があるぞ」
「なんだ、聞かせてくれ」
感興をそそられた。べビンの空いた杯にワインを足してやる。
今日は友と語らい、穏やかな時間を過ごしたいところだが、ついつい他国の話をしてしまうのは、いつものことだ。