冥府はいつだって夜だった。
地底にある城や街には日が差さず、ひねもす、よすがら、燈がなくてはならなかった。
しかし、場所によっては岩場の裂け目から陽光が差し、空が見えると、弟たちは言った。
「そうだ。兄者、今宵は星を見ませんか? デスパー兄がいい場所を見付けたのです。星がよく見えます」
オウケンの提案で、城の南側に向かうことになった。
途中で合流したデスパーの頬は寒さで赤くなっていた。
「冬は空気が澄んでいますから、星がよく見えますよ」
城を出て、三人で白い息を弾ませ、突き出た岩場の頂上に登って天を仰ぐと、たしかに、はるか頭上にある切り立った岩壁の間から空が見えた。
冥府の杳杳とした夜の色とは違う紺碧に塗り潰された空には、輝く星々が引っ掛かっていた。
肉眼で確認できるだけでも、紫色の星、赤い星、青い星があった。ほかにも、白銀の星がぎらぎらと光っていた。
「おお……」
思わず感嘆の声が漏れた。久しく星を見上げたことはない。こうして天を仰ぎ見たのはいつ振りだろうか。
まだ子供だったころ、弟が産まれて、己が護らねばと誓った時以来かもしれない。
あの時は無邪気にも、手を伸ばして届かない星を掴もうとしていた。
「兄者、兄さん」
美しい静寂を破ったのはオウケンだった。
「僕たちは、民を導く星になりましょう」
「星よりも、月の方がよくないですか?」
デスパーが隣で小首を傾げた。
「いいえ、兄さん。僕たちは月で終わるには惜しい。『月満つればすなわち虧く』というでしょう。僕は燦然と輝く星となり、冥府の民の安寧を、皆が笑って暮らせる世を護りたい。兄者、あなたはあの空で輝く一番星だ。僕とデスパー兄は、この先どんなことがあってもあなたを支えます」
厚い胸に拳を押し付け、オウケンは言った。握り締めた拳がやけに白く見えるのは、寒さのせいだけではないだろう。
民を思う慈愛と熱い決意はなによりも尊く、勇ましく、頼もしかった。
「そうだな。私にはこれからもお前たちの支えが必要だ」白い息が横に流れていった。「私たちは兄弟だからな」
弟たちと顔を見合わせる。
冬の夜風が頬を打ったが、ちっとも寒くなかった。
頭上では、寄り添うように並んだ星々が力強く瞬き、燃えていた。