空になったグラスにワインを注いで一口飲むと、熟成された葡萄の芳醇な香りが鼻に抜けて、コクのある甘みが舌の上で踊った。デスパーが持ってきたワインは文句なしに美味だった。
酒を飲むのは久し振りだった。血の巡りが速くなって、身体があたたまって心地よかった。
二杯飲んだだけだというのに、酒に弱いオウケンは顔を赤くさせていた。
「なんだか、眠くなってきました」オウケンは椅子に座り直し、はにかんだ。「一杯だけにしておくべきでした」
「オウケンの分まで、私が飲みますよ」
酔って饒舌になっていたデスパーがボトルを手に取り、ようやく黙ったが、自分のグラスに注いでからまた喋りはじめた。
デスパーを無視して、オウケンに話し掛ける。
「寝るなら部屋に戻れよ、オウケン」
「いえ、もう少しここにいたいです」
眠たげな目でオウケンは背筋を伸ばした。
「兄者たちとこうして飲み交わす機会なんて、めったにないですかね」
しかし、間もなくして弟はテーブルに突っ伏して寝息を立てて眠ってしまった。
「まるで子供だな。仕方のない奴だ」
マントを外し、大柄な背中を丸めてすやすやと眠っているオウケンに掛けてやった。
――ああ、そういえば。
子供のころにも、こんなことがあった気がする。
あれはたしか、オウケンが四つにも満たない時のことだった。
デスパーと蝶を追って中庭を走り回り、疲れ果てたのか、ふたり揃って大樹の下で眠りこけていた。
風邪を引かないようにと着ていたウールの上着を脱いでふたりに被せてやった。それから木に寄り掛かり、ふたりが目覚めるまで茂る葉を見上げていた。まだらに差し込む日差しが眩しかったのを覚えている。
「……って兄者、聞いています?」
はっとして意識を目前に戻す。デスパーと目が合った。
「聞いていませんでしたね」
「すまん。昔のことを思い出していた」
「昔のことですか」
「なに、大したことではない。子供のころ、お前とオウケンが遊び疲れて中庭で眠ってしまった時のことを思い出していた。眠るお前たちに、上着を掛けてやったんだ」
眠るオウケンの背中をぽんぽんと軽く叩いて、席に戻る。
「思い出話を肴にするのも悪くないものですね」
デスパーはすっかり酔っていた。
「生憎私は全然覚えていないですが」
「そうだろうよ」グラスを傾ける。それにしても、美味いワインだ。
「そういえば兄者……」
「デスパー。オウケンが眠っているんだ、少しくらい静かにしろ」
デスパーはむっとしたように唇を尖らせた。
「兄者はオウケンに甘すぎますよ」
「お前だってそうだろう」
「まぁ、可愛い弟ですからねぇ」
デスパーは頬杖を突くと、オウケンの寝顔を見詰めた。
オウケンの肩が規則的に上下している。穏やかな寝息だ。
今夜は、いい夢を見られるといい。