幼いころ、眠る時にはいつも兄たちが本を読んでくれた。
兄者は地上に伝わる色んな御伽噺を読み聞かせてくれた。デスパー兄は絵本ではなく、伝説の勇者の物語や、凶暴なドラゴンや悪い怪物が出てくる、想像力が豊かな幼い子供には少し刺激が強い本を夜な夜な読んでくれた。実際怖くなって眠れなくなって、ベッドの中でくっついて寝た夜もあった。
城から出たことがあまりなかったから、いつしか子供心に地上に憧れていた。地底にある冥府には、物語に出てくるような、世界にひとつだけの剣に選ばれた勇者も、いたずら好きの妖精も、大空を自由に飛ぶドラゴンもいない。あるのは茫洋とした闇と業火だけだった。
「兄者たちと地上に行ってみたい」
無邪気にそう言うと、兄たちは困ったように顔を見合わせた。
「今は父上が許してくれないけれど、大きくなったら行けるようになるかもしれないね」デスパー兄が言った。
「大きくなったら?」
「オウケンが兄者くらい大きくなったら、きっと。そのためには好き嫌いせず、たくさん食べなくてはいけないよ」
その日から、嫌いな食べ物が食卓に並んでも残さず食べるようになったのをよく覚えている。
御伽噺に憧れる子供でいられなくなったのはいつからだっただろうか。
地上には、勇者も妖精もドラゴンもいないと知った。そして、冥府にあるのは、深い闇と業火だけではないことも知った。冥府は父の暴虐による恐怖と血の臭いに満ちていた。
残虐非道な父とは冥府の行く末を巡って対立し、争った。
苛烈な戦いの末についに父を討ち、冥府の新しい時代がはじまった。兄者が玉座に就いて間もないが、冥府は確実に平和を築きはじめている。太陽と月が廻り続ければ、荒廃したこの冥府にも安寧が訪れることだろう。
僕たち三兄弟の物語はこれからもずっと続いていく。語り部はいない。
幼いころにベッドで聞いた御伽噺のように、皆が笑って、幸せに暮らせるようにするのだ。