親愛

 人間が怖かった。

 殺されかけて真ん中の頭を失い、目を潰され、牙を折られ、尾を切られて、死に体を引きずって命からがら逃げ延びた。

 一度は王子とその母に命を救われたものの、彼等を主君として戴く兵士たちに弄ばれ、鋭い槍の先で身体を貫かれた。

 王子の慈愛に触れて忘れてしまっていたが、結局のところ、人間というのは残酷な生き物なのだ。

 人間に失望した。

 なのに、また助けられて、優しくされて戸惑った。守ってやると言われた時、人間に対する恐怖や猜疑心、絶望も警戒心もなにもかも吹き飛んだ。

 生涯この方に尽くそうと思った。

 遠い日の思い出が、瞼のない、唯一残った隻眼に浮かぶ。じわじわと身体を巡る興奮に似た決意を思い出し、フンッと鼻息を荒くさせて主人の後ろ姿をじっと見詰めていると、視線に気付いたのか、べビン様はゆっくりと振り返った。

 目が合うと、べビン様は髭の下で口の端を片方持ち上げてニヤリと笑い、それから、私を抱き上げてくれた。

「また重たくなったな」

「また脱皮をしましたので」

「ハハ、どんどんデカくなるな」

 逞しい腕の中でべビン様を見上げ、そっと添えられた手に甘えるように頭を擦り付ける。

「ミツマタは幸せです。あなたとなら、幸せなのです」

 ぽつりと呟いて、べビン様の手に千切れて短くなった尾を絡める。

 透徹とした愛情がここにはある。私は、べビン様が大好きだ。