疲労困憊した身体を兄に支えられ、玉座の間を抜けた。
城の入口まで戻ると、鼻に染みた血の臭気が薄れた。ああ違う、すっかり慣れてしまって、鼻が麻痺しているだけだろう。
どこに行っても、城内は血腥い光景と静寂だけがあった。甲冑が擦れる無機な音だけが廊下に響く。
――父を討った。
戦は終わった。
冥府の長く冷たい夜は終わったのだ。
父の最期の言葉は未練がましく、醜いものだった。しわがれたあの猫撫で声を聞くことは金輪際ない。
これからは兄を王として戴き、民たちが安心して暮らせるものへ国を変えていかなくてはならない。
「……大丈夫か?」
「ふふ、くたくたですよ」
身体を支えてくれている兄の方へ視線を移して笑ってみるが、頬が強張って、上手く笑えなかった。
「勝ったのだ、私たちは。誇ろう。胸を張ろう」
兄の鎧が鈍く光った。肩にこびりついた返り血が父のものなのか、そうでないのか、わからなくなっていた。
冥府の王に反旗を翻した指揮官として、王の息子として、長男としての責任が食い込んでいる肩に、これからは王としての重責がのしかかってくる。
――僕はなにがあっても兄者についていく。
胸の中で焔が燈る。
胸の内側で、心臓が決意で震えている。
兄と自分の息遣いが重なって、吐息が冥府の夜気に溶けていった。身体は痛むが、力強い生命力で溢れている。脈々と流れる血潮が熱い。
ああ、僕は生きている。
この瞬間も生きている。
僕たちは生きるべきだ。
生きなければならない。
希望を掬い取り、慈しみ、育てていかなくてはならない。僕たち兄弟なら、それができる。僕たちにしかできないことだ。
「兄者」
歩みを止めることなく、兄は首を傾けてこちらを見た。
「僕は、兄者の弟でよかった」
「なんだ、突然」
「これからも僕はあなたを支えます」
「頼りにしているぞ、オウケン」
「……はい」
頷くと、兄の表情が少しだけ和らいだように見えた。
つられて頬が崩れる。今度は素直に笑えた。
冥府の夜明けは、これからだ。