事後、ナイトテーブルのランプの燈に照らされたヒューズの肌に、古い銃創があることに気が付いた。
鎖骨のすぐ近く――普段は衣服に隠れて見えない場所だ。
なにげなくそこに触れると、四肢を投げ出して寝転がっていたヒューズは枕から頭を持ち上げ、隻眼をまんまるにさせてこちらを見た。
「どうした?」
「ずいぶん古い傷だな」
銃創独特のもじれた傷痕をなぞる。
「ああ、これか」
ヒューズは懐かしそうに目を細め、寝返りを打ち、肘枕を突いた。
「若造だったころに一発もらった」
「こちらの傷は?」
今度は脇腹にある縫い傷に触れた。突っ張った皮膚の色が白い。
「こいつぁ……酒場で乱闘して切られた時のだ」
よく見れば、ヒューズの身体は古傷だらけだ。下着も身に着けていない彼の身体をまじまじと見て、ひとつひとつに指先を這わせながらいつ負ったものなのかを訊ねると、彼はつづまやかにすべて答えた。ヒューズは傷痕に誇りを持っている。どれもこれも、この男を作り上げた勲章ということだろう。
「お前に触られるのは気分がいい。もっと触ってくれよ」
ヒューズの鋼鉄の手に指先を握られた。指はそのまま胸の真ん中に引き寄せられた。掌が心臓の真上で止まる。剥き出しの厚い胸の下で、力強い生命が脈動しているのを感じた。掌から伝わる体温もまた心地いい。この男のすべては私のものだと思わせてくれる。
「触れるだけでいいのか?」
あおるように囁くと、ヒューズは舌先で上唇を舐め、ぎらぎらと目を光らせて喉の奥で小さく笑った。
「……もう一度気持ちいいことをしようぜ」
「お前はなにもするな。いいようにされるのが気に入らない」
「へぇ、そうかい。その割にゃ善がってたよなぁ?」
「お前は加減というものを知らない」
彼の義肢の付け根を押しやる。仰向けにさせ、傷跡の残る腹に手を突いて乗り上げた。目の前でそそり立つヒューズのものと自身の萎えたものが触れそうになった。
下肢で巨躯を受け止めたヒューズは、鼻から大きく息を吐き、枕元に転がっていた潤滑剤のボトルと、連なっていたスキンをひとつ切り離して投げてよこしてきた。
「お前から跨ってくれるなんてな。うーん、いい眺めだ」
ボトルの蓋を緩め、中身を指先に出していると太腿を撫でられた。
潤滑剤でたっぷり濡れた指をうしろに回し、まだ湿っていた肛門におずおずと塗りこみ、スキンの封を切って中の薄膜をヒューズの一物に被せる。
それから膝立ちになってヒューズの股座まで移動し、自身の肉厚な尻たぶを左右から引っ張り、なにも考えないようにして、できる限り力を抜き、勃った肉杭を軸にして腰を下ろしていった。孔の縁から下腹部にかけて熱くなって、疼痛が広がる。この男を受け容れ慣れているはずなのに、挿入時の圧迫感と、臓腑が押し上げられているような感覚にはまだ慣れない。
「ぐ……ッ、う……」
シーツを掴み、背中を丸めたり伸ばしたりしながら、少しずつ腰を落としていく。
「すげぇ締め付けだ」
熱っぽい吐息を零したヒューズの腹と、汗ばみはじめた尻が密着する。
腰を反らして小刻みに前後への律動を繰り返すと、肉と肉が擦れて、ぬちぬちと潤滑剤が粘っこく鳴った。腹の奥が熱い。激しく動くと息が乱れるので、ゆっくりと腰を揺すった。快楽が腹の底からせり上がる。
込み上げた昂りのままに、腰を上下に動かす動きに切り替えると、深い部分を雁首に擦り上げられた。
「ぐッ」
瞬時に腹の内側に広がった痺れに歯を食い縛る。
マットレスが大きく波打つのにも構わず、腰を高く上げた。肉襞を逆撫でする尖端が抜け落ちそうなところで止め、一息に腰を下ろすと、腹の中で暴れまわっていた快楽が背骨に絡んで一気に脳髄に肉薄した。耐えがたい衝撃だが、気持ちがいい。すっかり、嘲笑して然るべきさもしい性欲に毒されてしまった。
「こっちの方が動きやすいだろ」
シーツを掴み取っていた両手を掬い取られ、掌が合わさる。互い違いに組み合わさった指を強く握り締め、ヒューズの腕に体重を掛ける。たしかに動きやすかった。
なりふり構わず腰を打ち付けた。重量感のあるピストンにヒューズは息を詰まらせていたが、それでもなお喰らいついていた。臓腑の隙間を行き来するヒューズの滾りは衰えを知らない。
「ああちくしょう、気持ちいいぜ」
泣くのを堪える子供のようなヒューズの表情は支配欲を炙った。
「はッ……あ! ぐッ……」
股座では勢いをなくしていた性器が硬さを取り戻していた。膨れてぶるりぶるりとしなる様は滑稽だった。羞恥心が身を焦がすが、それよりも悪い熱に浮かされて、衝動を抑えきれない。
たっぷり濡れた肛門から溢れた潤滑剤が睾丸と尻たぶを濡らし、ヒューズとぶつかる度に淫らな破裂音を響かせ、男ふたり分の息遣いに被さった。
「まだ、達するなッ、私を満足させろ」
「なめんなよ、俺は早漏じゃねぇんだ」
口の端を持ち上げたヒューズの額で玉の汗が光っていた。視線をヒューズの胸元に滑らせて傷痕を凝眸していると、咬み付きたくなった。
――咬み付きたいなど。獣でもあるまいし。
堪えようにも、野蛮ともいえる衝動を飼い慣らすことができそうになかった。
深々と腰を沈め、組んでいた手を離す。最奥でヒューズを受け止め、前屈みになって、彼の首元に顔を埋める。
「お、なんだ、甘えたくなったのか?」
軽口を叩く彼の首の付け根を咥えて、顎を固くさせた。筋張った薄い肉に歯が食い込む。ヒューズは耳元で唸ったが、振り払おうとはしなかった。まるでそうなるのが当然であるかのように大人しかった。
「……ッ、ふぅッ……」
顎の力を緩めると、血色のいい皮膚に歯型がくっきりと残った。犬歯が食い込んだ部分はうっすらと血が滲んでいた。
「俺のことが好きで好きで咬み付きたくなったのか? 可愛いじゃねぇか。お前のそういう本能的なところが好きだ。もっと俺に見せてくれよ」
ヒューズの褐色の眸の奥で、情欲の炎が盛っていた。
「いい首輪になっただろう」
「ああそうだな。消えたらまたつけてくれよ」
「何度でもつけてやる」
ヒューズを組み敷き、腰だけをくねらせる。拡張した孔の縁をヒューズの硬いものが擦れる。
「まずいぜ、その動き。イきそうだ」
「私より先に達するなと言ったはずだ」
身体を起こし、再び腰を上下に揺すった。浅い抜き差しでも十分だった。
ヒューズと上と下で見詰め合い、荒い呼吸が重なった。
「こっちも弄ってやるよ」
ヒューズの伸びてきた左手が股座でしなっていた性器を包み込んだ。先端からにじみ出ていた体液を全体にまぶすように絡みついてくる指はまるで軟体動物のようだ。たまらず唸った。一身に受けていた快楽が苦しみに変わり、煮詰まった情欲が腹の内側で一気に爆発する。
「……ッ、ぐッ、ぁ……ッ」
足に力が入らなくなり、ヒューズを奥に留めたまま動きを止める。細めた目に生理的な涙が湧いた。繋がった部分からみぞおちの辺りまで一気に火照る。
下腹部でぱんぱんに張り詰めていた男根が脈打って、びゅくびゅくと白濁が噴き出てヒューズの掌と腹を汚した。
「……んッ……、~~~~~~!」
腹から脳天にかけて、どろどろとした法悦の残滓がせり上がった。総身が強張って、喉の奥で行き場を失った空気がひゅっと鳴る。
へたり込んだまま甘美な小さな死の余韻に浸っていると、ヒューズの鋼鉄の手に太ももの側面を摩られた。
「声も出せないくらい気持ちよかったか?」
涙でぼやけた視界に苛立ちながら唇を引き結んだ。快楽に打ち負けたなど、言いたくなかった。
「俺もそろそろイきそうだ。……なぁ、イかせてくれよ」
下からぐっと突き上げられて、臓腑の奥で肉と肉がねっとりと擦れた。重い衝撃に息が詰まる。
「あ、ぅ……ッ!」
「もっと腰振んな」
「……ッ、く……」
震える足で踏ん張った。被膜に包まれた肉杭の半ばまで浮かせた腰を叩き付けると、ぱん、と大きく結合部が鳴った。
髪を振り乱して腰を打ち付けていたが、だんだんと疲れてきて、ヒューズのものを根本まで尻に埋めたまま、下肢を擦り付けるようにして前後に動いた。
ヒューズは唇を薄く開いたまま微かに吐息を漏らし、与えられる快楽を繋ぎ合わせていた。
「中が締まった。こりゃ名器だな」
不意に腰を掴まれ、うまく身動きが取れなくなった。
「離せ」
「やだね。言っただろ、イきそうだって」
「…………! あッ、……う」
スキンを着けているのに、腹の中で熱いものがどくどくと間歇的に注がれている感覚に身震いした。
肺に溜まった酸素をほうっと一息に吐き出して天井を仰ぎ見る。反った喉を汗が一筋伝い落ちていった。熱気が呼気に混ざる。限界だった。ヒューズの隣に倒れ込み、呼吸が落ち着くまで枕に突っ伏す。ぱっくり開いているであろう肛門がひくついているのがわかった。
「今夜だけで何回ヤったんだろうな」
ヒューズは天井を見詰めたままぽつりと呟いた。
彼の首根に、付けたばかりの赤い首輪がよく映えていた。
戦場で生きてきた百戦錬磨の傭兵の身体に残る一番新しい傷を見据えてほくそ笑み、訪れた倦怠感に目を閉じた。