十二月になると、街はクリスマス一色になる。
立ち並ぶ店のショーウィンドウ・ディスプレイの内側ではホログラムの雪が降り、オーナメントで飾り付けがされたクリスマスツリーの下ではプレゼントの山が築かれ、サンタクロースの人形が通行人に向けて愛想を振りまいている。
雪も、モミの木も、今はもうこの惑星には存在しない。サンタクロースはそもそも存在しないが、愚かにも、存在すると信じている奴が今私の目の前にいる。
「ねぇレヴナント、サンタクロースは今年も僕の元に来てくれるかな?」
路地裏にある馴染みの店のショーウィンドウ――ロボット用品専門店なのだが、いつもディスプレイに立っているアンドロイドは、今年も哀れにもサンタクロースの格好をさせられている――に張り付いたまま、パスファインダーは首を巡らせた。
「さぁ、どうだろうな」
パスファインダーが昨年のクリスマスの翌日に、自宅倉庫の入口前に、サンタクロースからのメッセージが添えられたプレゼントが置かれていたのを見付けて大喜びしていたのを思い出しながら、曖昧に返して排気する。
パスファインダーのいうサンタクロースの正体が、実は彼の親愛なる皮付き、ミラージュであることは知っているが、それを言う必要はないだろう。
ショーウィンドウからようやく離れたパスファインダーと並んで歩き出すと、彼は気に入りのクリスマスソングを口ずさみだした。
抑揚のない無機な歌声は、サビに差し掛かろうとした時に止まった。
「そういえば、クリスマスには恋人同士がお互いにプレゼントを贈るんだってエリオットから聞いたんだけど、君はなにか欲しいものはある?」
秘密のサンタクロースは、どうやらプレゼントの他に無駄な知識をパスファインダーに贈ったらしい。
「なにもいらない。私が望むものは、死だけだ」
パスファインダーは足を止めた。それに倣って立ち止まる。私を見詰める彼のアイカメラのレンズから小さな駆動音がした。交わった視線を先に逸らしたのは、パスファインダーだった。
「そうだよね……ごめん」
聴覚センサーに届いたのは、彼らしくない萎れた声だった。
「謝るな。期待などしていない」
鼻で笑って、また歩き出す。冷たい風が吹いて、道端に落ちていた紙屑が飛ばされていった。
「レヴナント」
名前を呼ばれて歩みを緩める。振り返ると、パスファインダーは真っ直ぐに私を見据えていた。
「いつか君に、君が望むものを贈りたい」
「お前が……私に?」
「うん。君とお別れするのは悲しいし、寂しいけど、はじまりがあるなら必ず終わりがある。僕は君の「終わり」を一緒に見付けたい。そこが僕たちの「終わり」だ。どんなに時間が掛かっても、どんなことがあっても、最期まで君のそばにいたい。僕は、君のことが大好きだから」
パスファインダーを見詰めていることができなくなって、今度は私が先に視線を外した。コアの辺りが急速に熱を帯びていくのは何故だろう。
「その言葉、忘れるなよ。私より先に逝くな」
踵を返して、薄汚れた路地裏のアスファルトを一歩一歩踏み締める。
「大丈夫。僕は約束を破ったりしないよ」
隣にパスファインダーが並ぶ。遠くからクリスマスソングが聴こえる。祝福を歌った古いクリスマスソングだ。歌詞はたしか……。
「あなたに幸福が訪れますように……」
曲に被せるようにして、パスファインダーが歌い出す。
退屈なクリスマスが、今年もやってくる。