花占い

 シップがもうすぐアリーナに到着するというのに、エリオット・ウィットは片隅のソファに寝転んで、低い天井を見詰め、憂鬱に押し潰されそうになっていた。

 ニュース番組の終わりに流れた、ほんの二分ほどの占いコーナーで自分の誕生月が最下位だった通り、今日は朝からついていなかった。

 占いなど気休め程度にしか思っていないが「気になっている異性と険悪になるかもしれません!」と言われた通り、この間知り合ったばかりのダンサーと電話越しにちょっとした口論――といっても、彼女から一方的に詰られただけだが――になった。

――そんなあなたの今日のラッキーアイテムは、レースのハンカチです。素敵な一日になりますように!

「この俺がレースのハンカチなんて使うかよ、ったく」

 悪態と溜息を吐くのとほとんど同時に、背もたれからレイスとパスファインダーが覗き込んできた。

「まさか、レースのハンカチをあなたが使うの?」

「レースのハンカチが戦いに必要なの?」

「なんだよふたりして……。レースのハンカチが今日の俺のラッキーアイテムなんだよ。そんなもん持ってないけどな」

「ラッキーアイテム?」

 天井のライトを背に立つパスファインダーの翳る頭部のシルエットが小さく傾いた。オレンジ色に光っているモノアイはいつもと変わらないが、どうやら好奇心をそそられたらしい。

「そう。誕生日占いで最下位だった不運な俺を助けてくれるアイテムだ。俺は占いなんて信じちゃいないが、実際今日は朝からツイてない。踏まれたり……ん? ふ……踏んだり蹴ったりってやつだ。なにがあったかは訊かないでくれよ」

  肘掛に乗せていた足を組み直して、眉間にシワを寄せる。

「僕も占ってみたい。自分の誕生日も星座もわからない僕にもできる占いはある?」

「パスにもできる占いか。そうだな……」

 背凭れを掴んでのろのろと起き上がる。到着を告げる船内アナウンスは流れない。友人たちと穏やかな時間を過ごす余裕はまだあるだろう。

「それじゃあ、シンプルなやつを教えてやるよ」

 昨日、友達(エリオット)から花占いを教えてもらった。

 一輪の花があればできる占いで、知りたいことに対して、ふたつの結果を交互に口にしながら花弁を一枚ずつむしって、最後の一枚が答えになるっていう、僕でもできる占いだ。

――好きか嫌いかを占うのが一般的ね。あとは、できるかできないか。やるかやらないか。そんな風になにかに悩んだ時にやるといいと思うわ。

――花びらの数が多いとむしってるだけで日が暮れるから、ほどほどの……そこそこの枚数の花にしろよ。

 アドバイス通り、そこそこの花を手に入れた。

 ライオンのたてがみみたいな、僕のカメラアイと同じ色をした花だ。名前は知らないけど、なにを占うかはもう決めてある。シップを降りる時からずっと考えていた。

「レヴナントは僕のことが、好き、嫌い、好き、嫌い、好き……」

 昨日のゲームで同じチームだったレヴナントの姿を〝思い出フォルダ〟から引っ張り出して、薄く柔らかい花片を摘んでちぎっていく。

「好き、嫌い、好き、嫌い……」

 軸が剥き出しになるのに時間は掛からなかった。

「好き、嫌い、好き……。…………嫌い……?」

 最後の希望の欠片がはらりと落ちた。

「レヴナントは僕のことが嫌い……」

 手にした花の残骸を穴が空くほど見詰める。シチューが焦げちゃった時みたいな気持ちだ。僕はレヴナントのことが大好きなのに。

「レヴナントはホントに僕のことが嫌いなのかな?」

 風が吹き抜けて、花びらの絨毯を巻き上げていった。

 スコープを覗き込み、遠く離れた的に弾倉(マガジン)に残っていた最後の一発を撃ち込んで、傾けていた頭を正面に戻した時、

「君に訊きたいことがあるんだ」

 タイミングを見計らったように、隣からパスファインダーの合成音声が流れてきた。

「なんだ」

「レヴナントは、僕のこと嫌い?」

「…………」

 排莢を終え、再装填(リロード)する手を止めた。的からパスファインダーへ意識を向ける。すぐに目が合った。

「そんなことを知りたいのか」

「うん、教えてほしい。実は君のことで花占いをしたんだけど、結果がよくなかったんだ。確率っておもしろいよね。占いは(あた)らないってエリオットが言ってたけど、やっぱりちゃんと確かめておきたくて」

 戦場で作ってしまった借りを返すために(こんなポンコツに借りを作ったなど屈辱だ。「昨日僕が君を助けたお礼に射撃訓練に付き合ってほしい」と言われた時は胸部ディスプレイを叩き割ってやろうかと思った)射撃訓練に渋々付き合っている今、こんな質問をされるなんて思わなかった。

 胸部ディスプレイに映るフェイスマークが、会った時から泣いていた理由がわかった。彼はずっと落ち込んでいたのだ。

 パスファインダーがなにを思い、なにを考えて花をむしったのかはわからないが、くだらない感傷に巻き込まれるのはめんどうだ。

「たかが占いの結果に落ち込むロボットはお前だけだろうな。そんなものに頼らずとも、お前が知りたい答えはわかっているだろうに」

 鼻で笑った一刹那、真っ青だった画面が黄色に塗りつぶされて、泣き顔が見慣れた能天気な笑顔に切り替わった。

「やっぱりレヴナントも僕のことが好きなんだね!」

「なんだと? 私はそんなことは――」

「照れなくてもいいよ! 僕も君が大好きだ!」

 外界センサーの回線をまとめて切りたくなるほどの親しみの言葉と、力加減のされていない抱擁(ハグ)の嵐に襲われた。

 射撃訓練場に誰もいなくてよかった。もしも目撃者がいたら、蜂の巣にしていた。