デススリンガーとスカルマーチャントとフランク

 

 ふっと階段の方に気配を感じて、アドリアナは首を巡らせた。
 意識を階段に向けてすぐに、誰かが階段を登ってくる足音がした。かつりかつりと響く足音は間遠だった。足が不自由なのだろう。アドリアナは目を細め、階段を登る人物が現れるのを待った。
 すると、軽快な足音が増えて「ジイさん、早く登れねーの?」と生意気そうな若い男の声がした。
 アドリアナは、この声に聞き覚えかあった。フランク・モリソンのものだ。彼は確か、十九歳だと聞いてる。
「うるせえな」と不機嫌そうな低い声が答えた。アドリアナはこの声にも聞き覚えがあった。百年以上前にアメリカの中西部で名を馳せたギャングのボス、カレブ・クインのものだった。
「嬢ちゃん、いるか?」
 足音がいよいよ近くなって、階段を登り切ろうとするカレブの姿が見えた。銃を肩に担いだ彼は、補助器具の付いた左足で床をしっかりと踏み締めた。
「いるわよ。ここは私の基地だもの」
 カレブのあとに、フランクが続く。アドリアナがなにか言う前に、彼は「ジイさんが機械を見たいっていうから付いて来た」とひらひらと片手を振った。
「そう。好きに見てちょうだい。私は調整したドローンの試運転をしてくるから」
「ドローンってのはそれか?」
 カレブが傍に寄ってきて、アドリアナの手の中のドローンを指差した。
「そうよ。ドローンが発するレーダーで侵入者を検知できるの」
「……レーダー?」
 カレブは復唱したあと、目を丸くさせた。その横からフランクが「なにそれ? よくわかんねーけどかっけーな!」と笑った。「姐さん、俺たちもドローン触っていい?」
「いいわよ。そこにまだ予備のドローンがあるから。ただし、壊さないようにね」
 テーブルに置いてあるドローンへ顔を向けると、ふたりは「おお」と感心の声を漏らした。カレブは機械弄りが好きなエンジニアだから、仕組みさえ教えれば、百年後の技術もすんなり理解するだろうとアドリアナは思った。この老年の男は、機械を弄る時は、少年のようになるのだ。
 ふたりを残して、アドリアナは工具箱を提げて基地を出て、静まり返った夜の森へドローンを放った。


 二時間ほどの徹底的な試運転のあと、彼女は調整するべき部分があることに気付いた。レーダーの感度や範囲の広さは問題ない。予想通りだ。ただ、探知の正確性だけは、完璧と呼ぶにはまだ遠い。
 少し休憩をしようと、アドリアナは基地に戻ることにした。コーヒーが飲みたかったのだ。
 ゆっくりと階段を登っている間、カレブとフランクの喧しい声は聞こえなかった。
――そういえば、さっきから静かよね?
 アドリアナは訝しみながら階段を上がった。
 カレブとフランクの姿はなかった。かといって、彼らが帰った気配はない。その証拠に、カレブの銃がテーブルに立て掛けてあり、フランクのカセットプレーヤーがテーブルの片隅に置いてあった。それに、ふたりが弄くり回したであろうドローンがふたつ分解されている!
 不思議に思いながら部屋の奥を見ると――彼らはアドリアナのベッドで寝ていた。
 カレブは帽子を顔に被せて仰向けになっていた。フランクは自分の片腕を枕代わりにして横を向いている。呑気な規則的な小さな寝息を立てるふたりを見て、アドリアナは溜息をつき、やれやれと首を振った。
「自由でいいわね、あなたたち」
 はてさてどうやって彼らを起こそうか考えてみたが、無駄なのでやめた。起きるまで放っておけばいい。
 アドリアナはできる限り音を立てないようにコーヒーを淹れた。インスタントだが美味い。嗅ぎ慣れたコーヒーの香りにリラックスしながら、銃とプレーヤーを見詰める。
 生まれた国も生きた時代も違うけれど、アドリアナは、父が描く漫画に出てきそうな彼らのことが好きだった。知らないはずなのに、親しみがあった。遠い昔に忘れていたような懐かしさを感じながら、彼女は熱いコーヒーを啜った。