「愛しい君に花束を贈ろう」
そう言って美しい女の人に花束を贈る男の人をテレビで観たことがある。ふたりはそのあと、抱き合って、「愛しているよ」と言い合って、唇をくっつけた。
それがオレの知っていた「愛」だった。
この霧の森に来て、「愛」というものはそれぞれ形が違うものだと学んだ。しかし、形は違えども、愛する者に花束を贈るというのは素晴らしいアイデアだと思う。
オレは花を摘んだことがない。それでも、今、どうしても渡したい人がいる。
だから、彼には内緒で、みんなに聞いて回ってる。でも、いつも色んなことを教えてくれるサリーも、いつも怪我を見てくれるカーター先生も、いつも面白いものをくれるカレブも、花がある場所を知らなかった。
「花を探しているのか」
〈浄罪の神殿〉にいるアディリスのところへ行くと、アディリスはお祈りの途中でもオレの話を聞いてくれた。
「そうだな……ああ、グライムズの元へ行ってみてはどうだ? 彼なら花を持っていると思うぞ」
「博士はどこにいるかな?」
「この地下にいる」アディリスは長い睫毛を伏せた。「血清を作っているはずだ」
アディリスに倣って足元を見る。石造りの床を、一匹のムカデが這っていった。
神殿の地下に降りると、グライムズ博士が、椅子に座って、オレンジ色の液体の入った試験管を振って唸っていた。
博士はオレを見ると「珍しい客人だな」立ち上がった。博士は特定の研究室を持たないのでこうしてみんなの元を転々としているから、会うのが難しいけど、今日はすぐに会えた。幸運だ。
博士に花のことを訊くと、「これを持っていくといい」と研究用のパチュラの花を少し分けてくれた。血塗れのパーティーリボンで茎を括ると、小さな花束ができた。
博士とアディリスに礼を言って、彼のいる〈オートヘイヴン・レッカーズ〉に向かった。
「レイス、これ、あげる」
ビリーが両手で差し出してきたのは、パチュラの花でできた小さな花束だった。
「俺に?」
「うん」
ビリーは何度も頷いて、俺が受け取るのを待っている。頬が緩んだ。プレゼントを受け取ると、ビリーは安堵したように笑った。
「ありがとう、花をもらったのははじめてだよ」
「ほんとう?」
「うん。嬉しいよ」昔、父と母が互いに花を贈っていたのを思い出した。何故花を贈るのか訊ねると、ふたりは「愛する人には花束を贈るんだよ」と教えてくれたっけ……。
「オレ、テレビで観たんだ。愛してる人には花束を贈るんだって。オレ、レイスのこと、」
そこまで言って、ビリーは俯いた。どうやら、恥ずかしいのはお互い様のようだ。
「オレも、ビリーのことが大好きだよ。愛してる」
胸に沁みる親愛を吐き出すと、ビリーは顔を上げた。「オレも、レイスのこと愛してる」
彼の腰に手を回して距離を詰め、額を重ね、くすくすと笑い合って、キスをした。
オレたちの愛は瑞々しく咲き誇り、散ることは決してない――。
ふたりの間で、パチュラの花が甘ったるい芳香を放っている。