雪のように儚い願い

 永劫闇が立ち込める霧の森にも冬が来た。
 季節など存在しない作り物の箱庭の中で、神はちょっとしたお楽しみと言わんばかりに雪を降らせる。
 小さな氷の結晶は数え切れないほどはらはらと曇天から落ちてきて、うっすらと積もっていく。
 吐く息は白く、空気は冷え切っていて、身震いするほど寒い。暖かい地域出身のフィリップ・オジョモは雪も冬も好きではなかったが、そばにヒルビリーがいる時だけは、ほんの少しだけ冬というのもいいなと思える。
 彼はフィリップにとってかけがえのない存在だった。互いに情を交わして、もうどれくらいになるだろう。
 ヒルビリーはフィリップに見守られ、アナの鼻歌を真似ながら雪だるまを作っている。歪な丸い雪の塊は三段重ねになっていて、一番上にはところどころへこんだブリキのバケツが被せられ、大きさの違う石と干からびた人参で顔が作られている。
「これで完成」
 ヒルビリーは二段目の雪玉のサイドに、不揃いな枝をそれぞれ突き刺して、両手をパンパンと叩いて掌についた雪をはらい、満足げに鼻息を吐いた。
 仲間たちが夕食の時に集う焚火のそばにできた雪だるまは、火の色に照らされて、堂々としている。
 ヒルビリーが作った雪だるまを見て、きっとサリーは「上手にできたわねえ」と褒めてくれるに違いない。ババやリサも大喜びするだろう。
「今年の冬も、レイスと過ごせて嬉しい。またみんなでクリスマスパーティーしようね」ヒルビリーは鼻を赤くさせて言って、「わ、俺の手、冷たい」自分の両手を交互に見た。
「俺の手も冷たいよ」フィリップは感覚がなくなりはじめた指先でヒルビリーの手を取った。お互いの手はすっかり冷えていた。
「ほんとだ。レイスの手、冷たい」
「火にあたってあたたまろう」
「うん」
 焚火のそばの丸太に並んで腰掛けると、体温は少しずつ戻ってきた。
「寒いねえ」
「うん、寒い」
 ほうっと体温のこもった息を吐いて、ふたりは空を見上げた。雪は、あと何回儀式を終えたら止むのだろうか。
「ふたりとも早いのね」
フィリップとヒルビリーは、揃って声のした方へ顔を向けた。サリーと、丸々太った鹿を担いだ華山がいた。今晩のメニューは鹿料理のフルコースだ。
「この雪玉は、童、お前たちが作ったのか?」
 華山はエヴァンが作った特製の血まみれの「調理場」に鹿を乗せるとまじまじとそばの雪だるまを見た。
「うん。俺が作った」
「あら、上手にできたわねえ」
 サリーが頬に手を当ててくすくすと笑うと、ヒルビリーも笑った。フィリップも釣られて微笑む。
「今年もみんなでご馳走様を食べましょうね」
 ああそうだねと、フィリップは微笑んだまま大きく頷いた。
 今年の冬も、次の冬も、その先もずっと、みんなで過ごせたらいい。馬の合わない仲間だっているし、時に喧嘩だってするが、誰一人として欠けてほしくはない。仲間たちと、血腥い夜を過ごしたい。
 そのためならなんだってする。この箱庭で何人でも殺そう。殺して殺して殺し続けて、屍の山を築いていこう。神を喜ばせて、「レイス」が価値ある存在であることを証明しなくてはならない。神に存在を消されないようにしなくてはならない。
 俺は君の隣にいたい……。
 ヒルビリーの背中を見詰めて、フィリップは下唇を浅く噛んだ。
 この胸を満たす愛も、神に捧げよう。