床に寝そべり、菓子を食いながらフンフンと鼻歌混じりに雑誌を読む化け猫——実に奇妙な妖怪であった。
人間の女の写真を見て嬉しそうに二股の尾を振っているのだ。その妖怪しからぬ振る舞いに、若干の不信感を抱きつつ、破怪は好奇心を含んだ視線を化け猫に向けていた。
何か声を掛ければ良いかもしれないが、如何せん、この見た目だ。小さい者には怯えられてしまうから、破怪は、自分の膝下にも満たない体長の赤い化け猫を見詰める事しか出来ないでいた。
不意に、鼻歌がピタリと止まった。
視線に気付いたらしい、雑誌を開いたまま、化け猫は不服そうな顔を破怪に向けた。
「さっきから何か用かニャ? そんなにジロジロ見ないで欲しいニャン。何か言いたいことがあるなら、ハッキリと言うニャン」
自分を恐れているのかと思ったが、杞憂だったようだ。それに、この化け猫は、愛くるしい見た目とは打って変わって、随分とストレートな物言いをする。嫌いではない。むしろ、物事や質問は、短く、的確に相手に伝えるものだ。
「俺は」化け猫を見詰めたまま、破怪はゆっくり唇を開いた。「化け猫も人間の娯楽にうつつを抜かすのかと思っただけだ」
「ニャ! 俺っちにはジバニャンっていう名前があるニャン!」
化け猫――ジバニャンは二本足で立ち上がり、得意げに胸を反らした。首元で鈴がちりんと鳴った。
憤慨するところはそこなのか。
「俺には化け猫は全部同じに見える。ところで、お前はさっきから何を読んでいるんだ?」
「ニャーKBのインタビュー記事ニャン!」
「ニャー……? なんだ?」
「ニャニャッ!? ニャーKB知らないのかニャ!?」
ジバニャンは丸い目を更に丸くさせて、この世終わりだとでもいうような表情で破怪を見た。
「知らん」と破怪が素っ気なく返すと、ジバニャンは口をあんぐりと開けて、読んでいた雑誌をひっつかみ、短い足を弾ませて破怪の目の前までやってきた。
「ニャーKBは人気のアイドルで——ほら、これがメンバーニャン!」
破怪の目の前で仁王立ちして、ジバニャンは雑誌を広げた。
破怪は開かれたページに一瞬だけ視軸を移したが、すぐにページの端に引っかかるジバニャンの小さな手を見た。白い和毛の隙間から、薄桃色の肉球が見える。
「興味はない」
「ンン、待ってろニャ、ニャーKBの写真集見せてやるニャ……ニャッ、ニャニャー!?」
くるりと背中を向けたジバニャンの身体を、破怪は片手で軽々と抱き上げた。胡座をかいたまま、足の間の窪みにジバニャンを座らせた。
「いいから、お前は少しは猫らしくしろ」
「い、意味がわからないニャン! 俺っちは……あ……」
ジバニャンはうっりとした表情を浮かべた。喉の下を撫でられ、眉間を擽られて、気持ちがいいのだろう。
「気持ちいいニャン……ちょ、ちょっとだけ俺っちのこと触らせてやるニャン」
膝の上で大の字に寝そべってごろごろと喉を鳴らす猫を見下ろして、破怪は目を細めた。