その日の朝、マスターである少女を起こすために部屋を訪れると、ベッドに彼女はいなかった。
中央がへこんだ枕にシワだらけのシーツと中途半端に捲れたブランケットを見るに、つい先程まで彼女はここにいたらしい。シーツに触れてみると、まだ温もりが残っている。
トイレにでも行ったのか。
シーツを撫で、ブランケットを更にベッドの下方に押しやると、赤い染みに気付いた。
――血だ。
コイン一枚ほどの大きさの血の跡は、シーツの真ん中のあたりにある。つまりこれは下肢からの、否、どこからの出血かはすぐにわかった。
口の端が自然と持ち上がる。
彼女は月のものがきている――つまり、子が産めるのだ。
今まで色んな女を売ってきた。子が産める女は高く売れた。美貌と健康的な肉体を兼ね備えた女はより高く売れた。学がなくてもいい。健常者は価値ある奴隷だ。
この「砦」の主体で、数多の英霊たちと契約し、未知数の魔力を持つ彼女は一体どれくらいの価値がつくだろう?
賤しい考えを巡らせた時、背後でドアがスライドする無機な音がした。振り返ると、寝間着姿のマスターがいた。
「あ、おはよう」
「よぉ、相棒。目覚めは良かったか?」
股座は血まみれだったろ、と言いたいのを堪え、代わりに視線をベッドに戻した。それだけで、彼女は慌てたように寄ってきてブランケットを掴み取り、血の跡を隠した。
「月のものがきてんだろ」
「…………うん。今朝。毎月のこと、だけど」
彼女は俯いたままか細い声で言った。
「ガキを産めるってことは……おっと、ったく、お前の価値は未知数だ」
「私、安くないよ」
こちらを見上げ、喉を反らし、少女は不敵な笑みを浮かべた。長い睫毛に囲われた瞳には、少女らしからぬ色気が潜んでいた。
――途端、彼女を〝売りたい〟から〝抱きたい〟へ変じた。男を知らぬ無垢な少女の花を散らしてやりたい。孕ませてやりたい。
「はは……誘惑に負けちまいそうだ。さっさとシーツを洗濯に出すこったな」
フンと鼻を鳴らして踵を返す。
生前、欲しいものはすべて手に入れてきた。今は彼女が欲しくてたまらない。彼女の身体も、魔力も、心すら奪ってやりたい。
英霊としてこの「砦」に召喚された今、必ず彼女を手に入れてやると心に誓って部屋を出た。