夏の幻

 知らぬ間に向日葵畑の中にいた。視線を右へ左へと動かして辺りを見回す。まるで地の果てがないかのように向日葵に埋め尽くされていた。咲き誇る向日葵の群れは、日差しの下、風に揺れ、ざわざわと音を立てる。白昼夢を見ているような気分だ。いや、これはきっと夢に違いない。
 がさがさと音がして、首を巡らせると、すぐそばで数本の向日葵がしなっていた。なにかが通ったのだ。
 なにが通ったのだ?
 靄がかかったようにぼんやりとした頭で考えていると、不思議な記憶が浮上した。
――かくれんぼしましょう。私を見つけてください。
 そう言って笑ったのは、主である少女だった。子供の遊戯に興じる年頃でもないだろうにと思いながらも、鬼になることを選んだのは己だった。己はここで彼女を捜しているのだった。
「立香、立香よ」
 所在なく手を伸ばし、向日葵の迷宮に迷い込んだ少女の名を呼びながら歩を進める。緋色の髪を夏風になびかせ、背の高い向日葵の間を進む彼女は、まるで呼びかけが聞こえていないかのように進んでしまう。
「余の声が聞こえぬか、立香」
 行く手を阻む向日葵をかき分け、彼女に追いつくが、それでも彼女は足を止めない。仕方なく、大股で向日葵を踏みつけ、彼女の前に回った。
「ああ、見つかっちゃった」
 ようやく立ち止まり、彼女はこちらを見上げて困ったように笑った。
「よく見つけましたね」
「当然だ。余が汝を見つけられぬはずがない」
「どんな場所でも、どんな状況でも、私を見つけてくれますか?」
「うむ」
「暗闇の中でも?」
「汝が迷うなら、余が見つけて導こう」
「ほんとうに?」
「無論だ」
「よかった」
 安堵したような、穏やかな微笑みだった。
 それから、小さな手に指を握られた。
「また、私を見つけてください」
 彼女が言い終わる前に強い風が吹いて、向日葵畑が波打った。葉が擦れる音が、何故か心を掻き立てた。
 風が止む。隣にいた彼女は、いつの間にか姿を消していた。咄嗟に周囲を見回すが、そこには夏の日差しに照らされた黄金色の景色が広がっているだけだった。
「……立香? どこへ行ったのだ」
 問いかけは虚しくも風に流れるだけだった。
 この夢から、いつ目覚めるのだろう。