信念

 あのハンターが負傷してベースキャンプに戻ってきたのは、豊穣期のことだった。
 なんでも、アズズの里付近に現れた巨大なアジャラカンから、間一髪のところで里の娘を救った際に、鋭い爪で片腕を引き裂かれたという。アジャラカンは討伐されたが、ハンターは帰還してすぐに、麻酔もなく十数針縫ったそうだ。
「あんたも、無茶をするよな」
 前腕を蛇のように走る生々しい縫合跡を見つめて、ヴェルナーは顔をしかめた。
「彼女を護ろうと、必死だったからな」
 ハンターはけろりとしながら、腕に包帯を巻きはじめた。防具を脱いだ身体には古傷が目立っている。彼はヴェルナーよりも若いが、狩人として数多の死線をくぐり抜けてきたことは想像に難くない。
「だからって……下手したら死んでたかもしれないんだぞ」
「大丈夫、俺は大切な人を遺して死んだりしない」
「たいそうな自信だな」
「……自信、というより、信念だろうか」
「信念、か」
 ヴェルナーは唸った。彼の信念とはなんだろうか。オリヴィアのように、正しいことを成し、善き人々の営みを護る──たとえそれが少数の犠牲をはらうものであっても──とか? いいや、龍灯を停止させない選択をした彼は、犠牲をはらわない道を探すだろう。
 それなら──。
 それなら……なんだろうか。わからない。
「あんたの信念ってのは、なんだ?」
 傷口に包帯を巻き終えたハンターはヴェルナーに視線を向けた。彼は一刹那、懐かしいものでも見るように目を細め、「秘密だ」小さく笑った。
「なんだよそれ」
「そのうちわかるさ、きっと。俺の信念には、あんたも関係してるんだ。あんたは俺の大切な……ああ、大事な仲間だからな」
 ハンターはカラカラと笑って、鷹揚と腰を上げた。彼の背中を見送り、ひとり取り残されたヴェルナーは、顎に手を添えて思考した。
「あいつの信念ってのはなんだ……?」
 ハンターが腰掛けていた簡易椅子を見つめていると、ふと答えが浮かんだ。
 誰かを絶対に護ることが彼の信念なのかもしれない。
 だから死なない。死ねない。
「あ……」
 そういえば、彼はヴェルナーのことを「大事な仲間」と言い直す前に、「大切な」と言っていた──そのことに気付いて、ヴェルナーは自身の耳が熱くなるのを感じながら、後頭部を掻いた。