※受け優位描写モリモリ
※リッチの本名を呼ぶことを赦されているナイトがいます
2025年5月に出すナイリチ本が前提の話ですがこれだけでも大丈夫だと思います。
その日ヴェクナは、他の箱庭を見て回りたいといった。
タルホーシュが理由を訊ねると、彼は「箱庭と縁のある殺人鬼たちを見定めたい」と続け、「配下がほしい」と結んだ。
胸の内側に見えない剣が突き立てられるのを感じながら、タルホーシュは「何故だ!」声を荒げた。
「お前には俺がいる。俺以外など必要ないだろう!」
憤るタルホーシュを前にして、ヴェクナは掠れた声で笑った。
「妬いたのか? お前らしくもない」
「馬鹿にするな。俺は決して妬いてなど――」
「タルホーシュ」
名前を呼ぶ声は囁きほどの小さな声だったが、眼光はいやに鋭かった。タルホーシュは押し黙った。ヴェクナは穏やかな声でもう一度彼を呼んだ。
「こちらにこい」
いわれるがまま傍に寄ると、ヴェクナの掌がタルホーシュの左腕に巻き付いた鎖に触れた。途端に鎖は錆びつき、砕けて砂のように崩れ去った。
「お前にこれを」
呆気に取られているタルホーシュを一瞥したあと、ヴェクナは鎖が巻き付いていた腕に手を翳し、上から下へ撫でた。すると、磨き上げられた鉄の鎧に似つかわしい、新しい鎖が現れた。
「…………! これは……」
タルホーシュは、片腕に巻き付いた鈍い光を放つ銀色の蛇と、ヴェクナの顔を交互に見た。
「この鎖は私とお前を結ぶものだ。お前は私の所有物であり、私だけの騎士だ。誰も私からお前を奪うことなどできない。もちろん私もお前以外を選んだりしない。忘れてくれるな。お前だけが、この私にふさわしいのだ」
「ヴェクナ……」
「わかったのなら、ついてこい」
ヴェクナが真横に片手を突き出すと、なにもない空間が縦にぱっくりと裂けて、大きく口を開けた。歪な亀裂の間から見えるのは、『レリー記念研究所』だった。ここは儀式で何度も行ったことがある。
タルホーシュはヴェクナのうしろに続いた。裂け目をくぐって首を巡らせると、今までいた『忘れ去られた遺跡』は消えていていた。『レリー記念研究所』の崩れ落ちた薄汚れた看板が、残雪に埋もれていた。
書斎の近くでカラスが鳴いた。
ハーマン・カーターは、ペンを握ったまま書類の束から顔を上げ、近付いてくる足音を聞き取った。
訪問者はひとりだ。重量感のある音からしておそらく男。
どうせまた、エヴァンが包帯でももらいにきたに違いない。さっさと渡して、とっとと帰ってもらおう。これから外せない大切な予定があるのだから。
ハーマンの予想を裏切って、書斎に現れたのはふたりだった。
別次元から霧の森にやってきた魔術師、〈リッチ〉と――ハーマンは科学や医学で証明できないものが嫌いだ――はるか昔の戦乱の世を生き抜いた騎士、タルホーシュ・コバッチ――衛生概念がなく不潔だ――だった。
ハーマンはふたりを見据えたまま開口器を外して「おや、珍しい組み合わせですね」できる限り愛想よく言った。「私になにか用ですか?」
「箱庭を見て回っている」〈リッチ〉は入口の横の本棚を眺めながら言った。「ここは興味深い場所だ」
「そうですか。それは喜ばしいことです。私はこれから他の場所へ用事があるので不在にしますが、自由に見てもらって構いませんよ」
「そうさせてもらおう」
〈リッチ〉は本棚の前まで移動した。一番上の棚から脳科学の専門書が一冊飛び出して、宙に浮いたまま開き、〈リッチ〉の手元に移動した。
「……すみませんが、あなた」ハーマンはタルホーシュに向けて顔を顰めて続けた。「失礼ながら、少し臭いますよ。シャワーを浴びたらどうです? あっちにシャワー室がありますから、使ってください」
ハーマンの指摘に、タルホーシュは「シャワー?」復唱した。「なんだそれは」
「……わかりました。案内しましょう」
ハーマンは溜息を噛み殺して腰を上げた。〈リッチ〉は本棚の前から動く気はなさそうだった。
タルホーシュをシャワー室まで案内し、使い方を教えてやった。中世から見た未来の技術を前に、彼はいたく関心していた。ハーマンは、彼が石鹸を使うことを願った。
書斎に戻ろうとすると、タルホーシュはベッドで休んでもいいかとハーマンに訊ねた。
「いいですよ。ベッドを使う患者はもういませんから」
開口器を外したまま、ハーマンはやはり、愛想よく言った。
細かに記録された研究データを読む限り、ハーマン・カーターという男は、この『レリー記念研究所』で、医学の発展のために被験者に様々な実験を行っていたらしい。それは実験というよりも拷問に近しいが、ヴェクナが渡り歩いてきた次元にも彼のような人間はいた。どの次元であっても、技術や文明の発展のためだと主張して人を虐げる利己的な者はいるのだ。
ヴェクナは『レリー記念研究所』の中央に位置する実験室を見た。肘掛けに頑丈なベルトが取り付けられた無人の椅子は、今でも拘束する被験者を待っているようだった。
施設内を一通り見たあと、ヴェクナはタルホーシュを探すことにした。
彼は、実験室からほど近い場所――ベッドが無造作に並んでいる。病室だろう――にいた。
「シャワーというのは便利だな。一捻りしただけで湯が出た」
上機嫌な彼は、膝に両肘を置いて、背中を丸めてベッドに腰掛けていた。湯浴みをしたばかりだというのに、甲冑を着込んでいる途中だった。あとは手甲を着け、兜を被ればいつものタルホーシュになる。蓬頭が濡れているからか、なんとなく、雨に濡れた野犬を思い出した。
「いいベッドだ」
ヴェクナを見上げ、タルホーシュは手甲を着けながら背中を伸ばした。金属が擦れる音が静寂を割る。彼は被りかけた兜を膝に置いた。
「……一休みしようかと思ったが……気が変わった。せっかくのベッドだ。ここでお前を抱きたい」
「ほう?」ヴェクナは喉を震わせて笑った。「ずいぶん大胆だな」
「あの医者もしばらくは戻ってこない。……どうだ?」
上と下で見詰め合い、先にヴェクナが口を開いた。
「今の私は、お前と同じく機嫌がいい」
遠くでカラスが鳴いた。
「抱かれてやろう」
タルホーシュは満足そうに頷いて、兜を被った。
ヴェクナは辺りに結界を張ってから――これでヴェクナとタルホーシュの存在に気付くものはいない――薄っぺらいマットレスに横たわった。粗末なベッドは、意外なことに、彼と甲冑を纏った大男ふたり分の体重を受けても壊れなかった。
ふたりにとっての交合は、いつも立ったまま行う。ヴェクナには臓器も排泄器官もないので、足の付け根に割り込んだタルホーシュが、恥骨全体に反り返った男の本能を擦り付けるのだ。しかし、横たわって同じ動きをするとなると難しい。
ヴェクナは少しの間考えて、「いつものやり方では、お前は満足できないだろう。ふさわしい肉体になってやる」自身の肋骨に手を置いた。
覆い被さったタルホーシュがなにかいう前に、彼の姿は変わっていた。骨を繋ぐ薄い筋肉しか付いていなかった身体は血の気の失せた灰色の皮膚に覆われた。王冠に、気に入りの書物を括り付けた鎧……。皮膚がついたといえども、骨は浮き、腹は縦に裂けて、臓物の一部が零れていた。
「この肉体ならば、性器も、排泄器官も、臓器もある。この姿の私を抱けるなら、好きにしろ」
ヴェクナは挑発的に言って、裂け目から飛び出た小腸を押し戻した。口元の皮膚はズタズタで、歯茎が露出している。肉体は朽ちゆく屍そのものだったが、タルホーシュは「抱くに決まっている」即答した。
「そうか」
ヴェクナは瞼を半分下ろし、下半身を覆う鎧を魔法で取り去った。剥き出しになった肉体を眺め、タルホーシュは兜の視孔から見える目をぎらつかせながら、着けたばかりの手甲と革の手袋を外してベッドの片隅に放り投げた。
「ヴェクナ……」
折り曲げられた細い太腿のあわいに身体を割り込ませ、震える声を漏らした彼は、ヴェクナの肩口に兜を埋めた。張りのない肌に零れる吐息には、隠しきれない興奮が混ざっていた。
「咥えられるか?」
タルホーシュは人差し指と中指を揃えてヴェクナに向けた。ヴェクナは唸ったあと、指を歯で挟み込んだ。冷たい口腔で、体温のない舌と唾液が絡まる。タルホーシュは喉を鳴らし、柔らかな頬の内側をなぞった。
たっぷりと唾液で濡れた指は、男同士で交わるための窄まりを探った。タルホーシュは、ヴェクナの肉の薄い貧相な尻の中央にある目当ての場所を見つけると、指の腹で撫で回した。
「潤滑油がほしくなるな」
孔に指を拒絶され、タルホーシュは眉を寄せた。唾液だけでは限界がある。しかし、ヴェクナの尻を壊すようなことはしたくない。
「……手を出せ」
ヴェクナはシーツに置いていた手を持ち上げ、人差し指を突き出した。タルホーシュは言われるがままに掌を上向きにして差し出した。無色の粘度の高い液体が、ヴェクナの爪の先から零れ落ちた。
「……便利だな」
掌に溜まりを作った液体がなんなのかはすぐにわかった。ヴェクナは呆れ顔で顔を逸らした。
液体を指先に絡めて、再び窄まりに触れた。ぬめる指は、異物を拒絶した割れ目に呆気なく侵入した。孔は収斂し、しぶとく指を拒んだが、タルホーシュは容赦なく中指を突き入れ、第一関節まで埋めた。さらに薬指も捩じ込んだ。ヴェクナの様子を窺いながら指を奥へ進め、軽く手を前後させる。ぬちぬちと粘ついた音がした。
「……っ、……ぐ」
孔には神経が集中しているという。孔の縁を捏ねるように指を動かすと、ヴェクナが唸った。タルホーシュは優越感にも似た悦びを呑み込み、彼の性器を空いていた手で握った。萎えていても、男同士なのだから、どこが気持ちいいかはわかる。
「ぐっ……う、……っ、ぅっ……」
いつもの姿とは違った、生身の人間に近しい肉体で、ありのままに快楽を感じてほしかった。
ヴェクナは頭を振った。王冠はそれでもずれ落ちなかったが、今タルホーシュの前にいるのは、威厳のある権力者ではなく、未知なる快楽に善がる男だ……。
指はついに根元まで埋まった。指を腹側に向けて鉤形に曲げると、ヴェクナの噛み締められた歯の間から鋭い息が漏れた。指の腹に当たるしこりのような硬い部分を執拗に撫で摩り続ける。
「……やめ――ろ、ぐっ、ぐうぅ……!」
「やめられるわけがないだろう」
タルホーシュは腰回りが重たくなるのを感じた。ブレーの下がすっかり熱くなっていた。孔に突き入れた指を捻り、体内にある硬い部分を刺激していく。
「――おっ、…………!」
不意にヴェクナの喉が反った。タルホーシュの手の中で柔らかな性器が脈打って、どっぷりと勢いのない白濁が先端から溢れ出た。
「……っ、……よくも……!」ヴェクナは珍しく取り乱しているようだった。彼は恨めしそうにタルホーシュを見たが、すぐに目を逸らし、手で目元を覆った。「……くそっ……!」
指を締め付ける孔からゆっくりと抜け出て、背骨を伝う興奮のままに、草摺の間に手をやり、ブレーを下ろした。勃起した一物がぶるんと勢いよく飛び出し、血管を浮かせて天井を向く。抑え難いほどの欲情に突き動かされ、ごくりと唾を飲み込み、タルホーシュは自身の根元を握った。
「挿入れるぞ」
伝い落ちた白濁と潤滑油でぬらぬらと濡れた窄まりへ先端を押し当て、腰を突き出していく。孔は、指とは違う圧倒的な存在を受け容れていった。挿入時に抵抗感があったが、無理やり押し込んだ。中はとろけるように熱く、四方からタルホーシュを締め上げた。
ヴェクナはタルホーシュをすべて受け容れた。肉の剣は、最奥にある臓器の窄まりまで達していた。
亀頭が繊細な部分に吸い付く。あまりの心地よさに、タルホーシュは歓喜に震えた。ヴェクナの膝裏を掴み取り、腰を浅く引き、奥を突いた。もう一度同じ動きをした。
「……っ、……っ……!」
ヴェクナは前腕で顔の半分を隠しながら、剥き出しになった歯を食い縛って声を堪えている。それがタルホーシュの劣情をあおった。
抜き差しがはじまると、ベッドが軋み出した。肉と肉がぶつかり合って生々しい音が弾む。腰を大きく引いて肉襞を逆撫でし、臓腑の行き止まりを抉る。たまらなく気持ちがよかった。タルホーシュは両手をシーツに突き、無我夢中で腰を振った。
「……ヴェクナ……はっ、あ、ヴェクナッ……!」
彼から授けられたばかりの腕に絡みついた鎖が、動きに合わせて揺れる。
「……タ……、っう、おっ、……ぐぅっ……」
ヴェクナの掠れた濁った声がタルホーシュの聴覚を楽しませた。振動で、小腸が裂け目から飛び出した。
ヴェクナは味わったことのない快楽に困惑しているようだった。彼を快楽の奈落に落としたくて、タルホーシュは腰の勢いを弱め、上から尻を押し潰すようにのしかかり、最奥を轢き潰した。臓腑の窄まりを貫かれ、ヴェクナは声も出せないまま全身を強張らせた。
「〜〜〜〜〜っ!」
「そう締め付けないでくれ……イきそうになる」
息を乱し、タルホーシュは腰を小刻みに叩きつけた。ぱんぱんに張った睾丸が尻たぶに何度も当たって、湿った音が鳴る。
「っ、あ、ぐっ……! ~~~~~っ!」
身体の横で、投げ出された浮いた足が痙攣している。息を詰まらせているヴェクナの尻をシーツに戻し、緩急をつけて責め立て続けた。彼は息も絶え絶えだった。
タルホーシュの腹の底で、どろどろとした法悦が煮えてきた。沸点に向けて、腰使いをラストスパートをかけたものに切り替える。ベッドが悲鳴を上げるが、構わなかった。
「……射精るっ……」
結合部から、どちゅんと一際大きな湿った音が跳ねた。タルホーシュはヴェクナの最奥で爆発した。間歇的に出る精液をすべて吐き終えるまで、タルホーシュは動かなかった。
軽く前後させてから腰を引くと、衰えることのない男の本能が勢いよく孔から抜け出た。タルホーシュを根本まで受け容れたそこは、ぱっくりと開いている。しばらく眺めていると、中に出したものが逆流してきて、シワだらけのシーツを濡らした。
「もうあの姿にはならないからな」
いつもの姿に戻ったヴェクナは、タルホーシュに背中を向けたままいった。『レリー記念研究所』から『忘れ去られた遺跡』に戻ってすぐのことだった。
タルホーシュはショックを受けた。
「よくなかったか?」
「違う」
ヴェクナはタルホーシュの方を向かない。
「……それなら……」
「あの身体では耐えきれない」
「…………? それはつまり、それくらいよかったってことか?」
振り返ったヴェクナに睨め付けられ、タルホーシュはそれ以上言葉を紡ぐのをやめた。
快楽に身を委ねた王の姿を見たのは、恐らく己だけだろう。
どうやら、ふたりだけの秘密がまた増えたようだ。
タルホーシュは黙ったまま、ヴェクナから与えられた鎖を指先で撫でて、余韻に浸りながら熱っぽく溜息を零した。