――惚れた女の名前を特別な愛称で呼ぶのっていいよな。
兵士たちがそんな話をしているのを聞いたことがある。どこで聞いた話だったか覚えていない。重要なのは内容だ。
好いた相手のことを特別な愛称で呼ぶ……つまりはそれは、恋仲だからできることではないのか。いいや、恋仲でなくったって、特別な愛称で呼んだっていいのではないか……たとえば、親友同士で呼び合ったっていいだろう。頭をわずかに動かして、ちらりと、兜の視孔から隣に座る大切な人――壺人であるアレキサンダー――を一瞥する。彼は変わらず腕を組んだまま、焚き火に当たっている。
「ねえ、アレキサンダー」地べたに座ったまま折り曲げた両膝を引き寄せ、できる限り違和感がないように話題を切り出す。「特別な愛称で呼び合うのって、どう思う?」
一拍置いて、彼は身じろぎして唸った。
「俺は愛称というもので呼ばれたことはないが、良いことだと思うぞ。血湧き肉躍る戦場で熱い共闘をした相手に愛称で呼ばれるのは、胸が熱くなるものだろう」
――それって私のこと?
そう言いかけて黙り込む。これはさすがに自惚が過ぎる。
「そうだな……貴公、ためしに呼んでみてくれないか」
「…………!?」
思わず背筋が伸びた。目の前で火が踊り、焚べた枝が弾けた。
「アッ……、ァ、アレク……」
身体中が熱くなって、喉の奥からは弱々しい声が出た。
アレキサンダーはくつくつと低い声で笑うと「ん?」と身体を傾けた。どうやら、聞こえていなかったらしい。
「アレク……!」
「ワッハッハ、二度も呼んでくれたか。友に愛称で呼ばれるのは、嬉しいものだな」
「聞こえてたの?」
「ああ。少し、貴公をからかってみた」
火が燃え移ったように顔が熱い。兜があってよかった。
「アレク……」
何度だって呼びたかった。
俯いて、今度は聞こえないであろう声量で呟いて、ほんの少しだけ、アレキサンダーと距離を詰めた。地面の上で指先が重なって、優しく手を握られた。