Libido

※受け優位描写モリモリ
※リッチの本名を呼ぶことを赦されているナイトがいる
 2025年5月に出すナイリチ本が前提の話ですがこれだけでも大丈夫だと思います。

「読むことくらいはできるかと思ったんだが、俺には発音が難しい」
 綴られた呪文を唱えることを諦めたらしいタルホーシュは、魔導書を閉じて本棚に戻すと、棚の裏側にいるヴェクナに向けて呼びかけた。
「魔法は、どんなことでもできるんだったな」
 ヴェクナは古代魔法について書かれた書物に視線を落としたまま答えた。「発動させるためには魔力が必要だが、万物が流転するのと同じく、魔法はあらゆる力を秘めている」
 甲冑が擦れる無機な音がして、反対側にいたタルホーシュが傍にやってきた。ヴェクナは書物を閉じて元のスペースに戻し、顔を巡らせた。鉄の兜の視孔から、期待と好奇心の眼差しが向けられていた。
「魔法といっても、千差万別だ。肉体から魂を引き剥がすものから、こういうくだらないものまである」
 ヴェクナは或る魔法を唱えた。
 瞬きひとつの間に、彼の纏っていた黄金でできた精緻な金線細工の鎧が、別の衣装に変わった。頭を一巡する髑髏を模した荘厳な黄金の王冠に、戦利品であるいくつもの髑髏を下げた豪奢な鎧。そして生来のものである銀髪――それは不死の肉体を手に入れたヴェクナが、浮遊都市『シギル』を征服した時の姿だった。
「驚いたな」タルホーシュは、なにが起きたのかわからないとでもいった風だった。「その鎧は?」
「かつて大都市を陥落させた時に纏っていたものだ」
 ヴェクナは肋骨の間にしまいこんだ〈不浄(ブック・)なる(オヴ・)暗黒(ヴァイル・)(ダーク)(ネス)〉の表紙を撫でて言った。
「……懐かしい」
 タルホーシュはヴェクナの艶やかな銀髪をまじまじと眺めたあと、視軸を下肢まで下ろして止めた。腰周りに吊り下げられたたくさんの髑髏よりも、深紅と藍色の布が重なった長い腰布の方が気になった。腰布といっても両足がすべて覆われているわけではなく、正面は前垂れになっていて、布と布の間から太腿の半ばから爪先まで剥き出しになっていた。鎧は身を守るために身に着けるのだから露出は好ましくないが、稀代の魔術師には鉄壁の防御は必要ないらしい。
「…………」
 タルホーシュは布地の間から覗くヴェクナの薄い肉のついた大腿骨を見詰め、昨夜の情事を思い出して、思わず喉を鳴らした。
――あの細い太腿を掴んで、夢中で腰を揺さぶって、快楽の沸点に達した……。
「なにを考えているのか中ててやろうか?」
 ヴェクナは掠れた声で笑った。タルホーシュは苦笑いした。「言わなくていい」
 それからヴェクナの傍へ寄り、いつものように腰のうしろから抱き寄せて距離を詰めた。兜と王冠が引き合って視線が絡まると、間で情欲の火が灯った。
 タルホーシュは浅く息を吸った。こうしている間も、全身を巡る血潮が熱くなる。
「抱きたい」
 瞼を半分下ろし、ヴェクナは口端をわずかに持ち上げた。タルホーシュの欲求が受容された証だった。
「魔法は、こういうこともできる」
 ヴェクナは片手を頭の横まで上げると、立てた人差し指で虚空を弾いた。
 一刹那、本棚の横にあるテーブルにあった魔術道具、天秤、液体の入った瓶などがいっせいに勢いよく滑り、宙に浮き、緩やかに下降して、最初からそこにあったかのように床に並んだ。
 タルホーシュが呆気に取られていると、ヴェクナはまた小さく笑った。
「まだ終わりではない」
 言い終わる前に、鎧を含めば百キログラム以上あるタルホーシュの巨躯が、机の上にあった物と同様に宙に浮いた。見えないなにかに軽々と持ち上げられているようだった。
 視界が反転し、金色の魔法陣が浮かび上がった紫色の天井が飛び込んできた。
「っ、う、お……!」
 手足は自由に動く。タルホーシュは咄嗟になにかを掴もうとしたが、手は虚空を掠めただけだった。身体は床から大きく離れた状態で空いたテーブルの上まで移動した。天井がゆっくりと遠くなり、背中がテーブルについてようやく息を吸えた。
「ヴェクナ?」
 テーブルに横たわったまま、タルホーシュは頭をもたげ、折り曲げた足の間から先程までいた本棚の方を見た。不敵な笑みを浮かべたヴェクナが、音もなく近付いてきた。
 彼はタルホーシュに両足を伸ばすよう命じたあと、テーブルよりも高く浮上し、タルホーシュの太腿に跨った。弛んだ腰布がテーブルに広がった。普段宙に浮いているヴェクナの重みを感じて、タルホーシュは唾を飲み込んだ。
「動くな」
 ヴェクナはタルホーシュの甲冑の前垂れを捲り上げると、草摺(タセット)の間に指を潜り込ませ、粗織の下着ごとブレーを下ろした。まろび出た萎えたままの性器を、長い指と薄い掌が摩る。自在に動く手によって、性器はすぐに硬さを帯びていき、どっぷりと先走りを溢れさせて天井を向いた。ヴェクナの指の腹が、根本から浮かんだ太い血管をなぞる。
「……っ」
 微弱な痺れが内臓に響き、タルホーシュは頭をのけぞらせた。ヴェクナは聞き取れないほどの声で笑うと、気怠そうに腰を持ち上げ、勃ち上がった男の本能を押し潰すように股座に乗り上げた。結合した恥骨の窪みが、張り詰めた亀頭の真下の括れに引っかかった。
「この姿で慰めてやるのだ。光栄に思え」
 ヴェクナはタルホーシュの腹に手を突くと、浅く腰を前後させ、密着した股座同士を擦り合わせはじめた。腰がくねる度に、黄ばんだ髑髏たちがぶつかって軋むように鳴った。
「さすがに、邪魔だな」
 ヴェクナは触れることなく腰回りの戦利品を外すと、鬱陶しいとでもいうように手を振った。髑髏たちは、床に移動した。
「これでいい。続きといこう」
 身軽になったヴェクナは、タルホーシュを見下ろして再び動きはじめた。ほどよい重みと淫らな摩擦は、タルホーシュの性的興奮を駆り立てた。噛み締めた歯の間から、呻き声ともつかない声が漏れる。
「いい眺めだ」
 ヴェクナは目を細め、薄い唇の間から熱っぽく笑声を溢した。彼は、緩急をつけて、先走りを垂れ流す先端から、血管を浮かせる根本にかけてを何度も往復した。
 時々動き止めたかと思うと、硬く熱くなった陽根をさらに圧迫するように腰を押し付けて小さく左右に捻った。粘液でぬらぬらと濡れた恥骨の下で、タルホーシュの本能は悦びで質量を増した。
 灼熱に炙られて溶けた快楽が、腹の底で溜まりを作る劣情とぐちゃぐちゃに混ざり合って渦を巻く。身体が熱い。気持ちがいい……淫らな夢心地は、熱い吐息となって唇の間から漏れた。
――ヴェクナの腰を掴んで突き上げたい。
 抑え難いほどの衝動がタルホーシュの理性を揺さぶったが、動くなと命じられている。破れば、ヴェクナは二度と抱かせてくれないだろう。
「ああ……お前のその余裕のない姿、そそるぞ」
 上半身を倒し、ヴェクナはタルホーシュに覆い被さった。重力に従って王冠から銀髪が零れ、兜がなければ鼻先が触れそうな距離になった。かつりと鈍い音を立てて鎧と鎧が重なり、ふたりの間で官能が押し潰される。
 息を乱し、タルホーシュはたまらず彼の尻の辺りに手を回した。ヴェクナはなにも言わない。上と下で見詰め合っているこの一刹那も、細い腰だけが小刻みに動いている。肉と肉が擦れて淫猥な音が弾み、乱れた息と混ざり合う。
 人と神との交わり……まるで神話だ。これほどまでに背徳的なことがあるだろうか。
――神を抱いたのは、俺だけだろう。
 タルホーシュは忍び笑いを零し、身震いして、「射精(で)そうだ」息も絶え絶えに言って、ヴェクナの背骨を掻き抱いた。
「イかせてくれ」
 支配欲を満たされ、愉悦したヴェクナは「いいぞ」と囁いて、腹の下に手を回し、掌の真ん中で亀頭を包み込んで器用に扱きはじめた。
「……、ヴェク、ナ」
 手に負えない射精感が込み上げて、タルホーシュの全身が強張った。頭の中が真っ白になり、息が喉の奥に詰まり――筋肉に包まれた恥骨の柔らかさを感じながら――爆発した。
「っ、う、ぐっ……」
 反射的に下半身が跳ね上がった。すべての雄が雌にそうするように、タルホーシュは夢中で腰を何度も揺すってヴェクナに子種を塗りつけた。男と男が交わったところで生まれるものなどなにもないのに。
 法悦(エクスタシー)に達したタルホーシュが恥骨の下で脈打ち、生温い精液を間歇的に溢れさせているのを感じながら、ヴェクナは途方のない優越感に打ち震えた。
 タルホーシュとの性交渉は、ヴェクナを精神的に満たすだけでなく、不死となった肉体にも快感を与えていたが、彼はそれを自覚していなかった。
 事後の、重たくも心地いい倦怠感がふたりにのしかかった。タルホーシュのスタミナは、一度射精しただけでは尽きない。ヴェクナもまた、背骨を伝い上がる未知なる灼熱を追いかけていたかった。
「へばるなよ、タルホーシュ」
 ヴェクナはタルホーシュを見下ろしてほくそ笑んだ。まとわりつく倦怠感だけは、魔法で振りはらおうとは思わなかった。