空気が澄み切ったクルザスでは、晴夜には肉眼でも遠くで光る小さな星の瞬きが良く見えたが、ドラヴァニア雲海では、手を伸ばせば星を掴めそうなくらい星空が近かった。
アルフィノとイゼルと雑談をするうちに夜も更けて、朽ちた遺跡の片隅で、ブランケットにくるまって横になった。食事のあとから姿は見えないが、見張りはエスティニアンがしてくれている。
焚火の暖かさにまどろみはじめた頃、ずっと見詰めていた空の果てで、ひときわ白い星が大きく明滅した。
瞼とともに好奇心が持ち上がった。
「イゼル、寝ちゃった?」
隣で背中を向けていたイゼルに呼びかけると、彼女は起きていたらしく、わずかに頭を傾けた。「何だ?」
「星の名前に詳しかったりする?」
手を突いてのろのろと起き上がると、同じタイミングでイゼルも寝返りを打って身体を起こした。
「星はよく見ていたからある程度はわかるが――」
イゼルは天を仰いだ。ここから見える星座を見付けようとしたのかもしれないが、彼女の唇から星の名が紡がれることはなかった。
「……美しいな……」
零れたのは溜息だった。長い睫毛が震えていた。
「きれいだよね。こんな風に星を見たのは久し振り」
しばらくの間、ふたりで星を見上げていた。星を指差すと、イゼルは名前を教えてくれた。英雄に挑んで踏みつぶされたカニが星になった話で笑うと、傍で寝ていたアルフィノがううんと唸ったので慌てて口を押さえ、ふたりで見詰め合ってくすくす笑った。
「ねえ、あの白い星は?」
イゼルに寄り添って、さきほど見た白い星を指差す。
「あれは、導きの星だ」
「導きの星?」
「星というものは、消えたり現れたりしているのだ。夜の空は常に変動しているが、あの星は北に座したままほとんど動かない。道に迷うことがないよう、旅人はあの星を道標にする」
「なるほど、それで導きの星か」
「私もかつて導にしたことがあったが……今はもう、あの星を見上げることはなくなってしまった」
イゼルは俯くと、それきり黙ってしまった。アルフィノのかすかな寝息だけがする。焚火の中で、薪が弾けて乾いた音を立てた。
「……見付けたんじゃないかな、新しい道標を」
肺の中にあった空気をほうっと吐き出す。
イゼルはゆっくりと顔を上げた。
「それはシヴァかもしれない。イゼル自身の中にある、言葉では言い表せないような、形がないものなのかもしれない。でも、それが今のイゼルの道標になっているんだと思う」
「私の中の、道標……」
一刹那、イゼルは泣くのをこらえる子供のような表情をした。瞬きひとつの間に、彼女は眉間にシワを寄せて微笑んでいた。
「私の夜空は、いつの間にかイシュガルドの民とドラゴン族の間にある憎悪という厚い雲に覆われてしまっていたが、この旅の中で垂れ込んでいた暗雲は割れ、掻き消えた。今はこの夜空のように、たくさんの星が輝いている」
イゼルは夜空を一瞥し、私を見た。
「礼を言う。あなたはあの導きの星のような人だ。この先もきっと、誰かの道標になるだろう」
風が吹いた。星明かりに照らされたイゼルの長い髪が流れていく。
夜の帳に引っ掛かった不揃いな星の群れが煌めく。北の最果てでは、導きの星が唯一無二の輝きを放っていた。