光の戦士+イゼル

 会話が途切れると、心地良い静けさがイゼルと光の戦士の間を漂って、ふたりの目の前で盛る焚火の中に消えていった。
 イゼルは火の中で静寂が焦げる音を聞きながら、光の戦士が語る皇都の話の続きを待った。決闘裁判の話に、イシュガルド神殿騎士団総長の話、彼女が食べて美味しいと感じた伝統料理の話に、朝焼けが美しかった話……眠れぬ夜にふさわしく、話題は尽きない。彼女は次に何の話をしてくれるのだろう。
「ねえイゼル、クッキー食べようか」
 光の戦士はそう言って身じろぎした。
「クッキー?」不意を突かれたイゼルが目を瞬かせて復唱すると、光の戦士は大きく頷いた。
「そう。この間買ったの。でも食べる機会がないままここまできちゃったから、今食べようかなって。疲れている時には甘いものが食べたくなるでしょう?」
 彼女は自分の荷物を漁ると、掌サイズの真っ白な丸い缶を取り出した。
「エスティニアンは戻らないし、アルフィノは寝てるから、こっそり二人で食べちゃおう。すごく可愛いクッキーなんだ。ほら、見て」
 彼女はイゼルの目の前で蓋を開けた。中には、昼間に出会ったモーグリ族の顔を模ったクッキーが入っていた。チャームポイントでもある頭の〝ぽんぽん〟はちゃんとピンク色をしていた。
「……可愛いな……」
「でしょう? 遠慮しないで食べてね」
「ありがとう。いただこう」
 イゼルはクッキーを一枚手に取り、じっと見詰めた。クッキーを食べるのはずいぶんと久しぶりだ。最後に食べたのはいつだろう。霊災の前だろうか。いいや、テイルフェザーで幼い子供たちからもらったことがある。その時期に採れる木の実で作った不揃いな手作りのクッキーだった。味はもう、思い出せない。
「可愛くて食べられない?」
 記憶の糸をたぐっていると、光の戦士の控えめな笑い声がイゼルの意識を現実に戻した。イゼルは弾かれたように視線をクッキーから隣に移した。光の戦士のクッキーは〝ぽんぽん〟が半分欠けていた。
 彼女を真似て、イゼルも〝ぽんぽん〟を一口齧る。サクサクの生地はバターの香りがしてほんのりと甘い。
「美味しいな。甘いものを食べるのは久しぶりだ。しかも、こんなにも可愛いらしいものを食べられるなんて……」
 光の戦士は意外だと言いたげに一刹那目を丸くさせたが、すぐにイゼルの立場を思い出したらしく、微苦笑した。イゼルもつられて眉間にシワを寄せて微かに笑んだ。
「この世界には、私もイゼルも知らない可愛くて甘いものがたくさんあるんだよ」火の中で薪が弾ける音が光の戦士の穏やかな声に被さった。「まだずっと先になるだろうけど、可愛くて甘いものを探しに一緒に店を巡ろうか」
 光の戦士はクッキーを頬張った。イゼルは可愛いクッキーが食べられていく様を見た。
「手始めにイシュガルドのケーキ屋に行こう。グリダニアではジャムたっぷりのタルトを食べよう。リムサ・ロミンサの高級レストランのスイーツ食べ放題は外せないな。ウルダハのバターたっぷりのパンケーキも魅力的。イゼルが行きたい国へ行って、一緒に食べよう」
「あなたが言うと、本当に、現実になりそうだ」
「するんだよ、現実に」
「できるだろうか」
「できるよ」
 彼女と、可愛くて甘いものを食べる——イゼルの胸に小さな光が宿る。それは熟した果実に似た芳香を放ち、ミルクとバターたっぷりの生地のようにふわふわで、蜂蜜みたいに甘い願いだった。
 イゼルはゆっくりと目を閉じた。瞼の裏に浮かぶのは、彼女と見てみたい未来の断片だった。