あなたを心配させるものが、あなたを支配する。
――ジョン・ロック
澄んだ歌声が聴こえる。知っている女の声だ。
耳に馴染む声に、朦朧とした意識がゆっくりと覚醒する。
目の前は薄暗く、ぼやけている。瞬きを繰り返すと、視界がクリアになって、灰色の天井に何本ものパイプが交差しているのが見えた。
配管を視線で辿ってみたが、接続先は見えなかった。視界の端で剥き出しの電球がぶら下がっていて、弱々しく明滅しているのが確認できただけだ。
足元を見ると、パイプベッドの金属のフレームが見えた。
ここはどこだろう。
ぼんやりしたまま最後の記憶を辿ってみる。
フォールズエンドに向かっている途中にペギーたちの襲撃に遭った。祝福の弾をあてろ、とひとりが叫んでいた。ショットガンをリロードしている僅かな隙を突かれた。脇腹の辺りに鈍い痛みが走って……そこから記憶がなく、今こうして見知らぬ部屋のベッドの上で目が覚めた。
つまり、捕まったわけだ。
身体がひどく重い。喉が渇いている。唇の隙間から自分のものとは思えないような呻き声が漏れた。頭の横にある伸びた両腕を引き寄せようと身じろぐが、ベッドのフレームと両手首が手錠で繋がっていて、顔より上に腕を持ち上げることができなかった。
「よかった、目が覚めたのね」
歌が途切れて、真横から女の顔が現れた。天井から差す乏しい燈で翳っていても、声の主はすぐにわかった。なにより、この馨しい香りはヘンベインリバーのいたるところで嗅いだことがある。
「……フェイス」
顔をしかめた。記憶が正しければ自分はホランドバレーで捕まったはずだ。彼の兄であるジョンの支配下である地区に、なぜ彼女がいるのだろう。
「そんな顔をしないで。あなたが捕まったと聞いて、ジョンにひどいことをされていないか心配できたのに」
こちらの胸の内を透かしたようにフェイスは言った。
今すぐに彼女に躍りかかってやりたいが、手錠の短い鎖が張っただけだった。
「気分はどう?」
フェイスはベッドの淵に腰掛けて首を傾げた。明るい褐色の髪の先が動きに合わせて揺れた。
「最悪だ」
四肢を投げ出したまま、投げやりに答える。
「俺をどうするつもりだ?」
「ひどいことはしない」
身を乗り出したフェイスの白い手が伸びてきて、頬に触れる。
「私たちはきっとわかりあえるもの」
「無理だ。お前たちとは絶対に――」
唇にフェイスの人差し指が押しあてられて、言葉の続きが喉の奥に落ちていく。
視線がぶつかって、数瞬歪な沈黙が降り注いだ。
「あなたは私たちを受け容れる」
フェイスは曖昧に笑って立ち上がると、今度は膝立ちでベッドに上がり、軽やかに腹に跨ってきた。鷹揚と腰を落とした彼女の体重を受けて、薄いマットレスが深く沈む。
ワンピースの裾からなまめかしい太腿が剥き出しになっている。下腹部に乗った尻の柔らかさに、抑え込んでいた男としての本能が刺激されてしまいそうになって目を逸らす。
「だめ。私を見て」
頭を挟み込むようにして、耳の横で細い両手が突っ張る。影が被さって、髪の先が頬を掠めた。
「降りてくれ」
「いや」
突いていた腕を曲げ、フェイスはぐっと距離を詰めてきた。押しあてられた胸の弾力に歯を噛み締める。襟元の弛んだ隙間から、丸い乳房がつぶれているのが見えている。
「私はあなたのことが好き」
長い睫毛に囲われた眸が瞬いて、鼻先に吐息が掛かる。名前を呼ばれ、唇を塞がれた。柔らかい紅唇の感触に眩暈がした。
「好きよ」
フェイスの甘言に惑わされてはいけない。
そんなことはわかっているが、不随意な魅惑が理性をほだした。
「……ん」
滑り込んできた舌を受け止める。吐息を啄みあいながら、口付けに夢中になった。息継ぎの間に漏れたフェイスの切ない息遣いが耳から流れ込んで脳を揺さぶる。
「は、ぁ」
「一緒に、きてほしいの」
彼女の尻が――尻だけじゃない、蜜が詰まった女の部分も――股座に擦り付けられる。彼女の肌に官能が刺激され、下半身に性急に血が集まっていく。ふっふと息を乱して煮えたぎった劣情を抑えようとするが、連日の疲労と発散できずに溜まった欲求のせいで自制することはできなかった。今すぐにフェイスを抱いてしまいたい。
長い口付けのあと、彼女は上半身を起こし、うっとりと溜息を零した。
「ああ、可哀想、こんなに張り詰めて」
フェイスは首を巡らせ、ジーンズの下で膨らんでしまった本能を後ろ手に撫でさすり、吐息で笑った。それから器用に片手でフロント部分を広げてきた。ぎちぎちに膨らんだ本能が下着越しにまろび出て、フェイスの豊満な尻を叩いた。
屹立した性器は勢いあまって彼女のワンピースの裾を持ち上げ、ふてぶてしく尻にあたっている。下着で阻まれているといえども、彼女の柔肌を感じるには十分だった。
「脱がせてあげる」
フェイスは両膝で立ち上がって後退し、シーツに尻を着いた。足の間に座す彼女の肉の薄い手がジーンズの淵に引っ掛かって、強引に引き下ろされた。
ちょっとした力仕事を終えたフェイスはまじまじと盛り上がりを見て、真ん中で張った下着の先端を興味津々と言わんばかりに指先でつついて、桜色の唇を緩く結んだ。
「期待しているのね?」
「期待なんか……」
「ほんとうに?」
顎を固くさせてフェイスを見据える。彼女のぷっくりとした唇が艶やかで、魅惑的だった。
下着を下ろされ、勢いよく飛び出した男根がぶるりとしなった。
「……いけない人」
たおやかな白い手に血脈を浮かせた太い幹を握られた。
「……あッ」
手はゆっくりと往復しはじめた。心地好い体温に、唇の隙間から安堵の吐息が漏れる。
「びくびくしてる」
あたたかい掌は、滲んだ体液でぬめる尖先に被さった。掌は頂を軸にして円を描くように動いた。敏感な部分を擦られて、全身が痙攣する。
「あッ、ぐ、うぅ……」
指が軟体生物のように傘に纏わり付き、強弱をつけて硬くなった芯を扱いてくる。
「あ、ぁ、ぐ……!」
「あなたが私たちを受け容れるというなら、ジョンはあなたを解放する。あなたを愛してくれる」
「……ッ、ふーッ、ふうぅ……」
「ただ一言YESと言えばいい。それだけで、ジョンは喜ぶ」
「……あ、ぅ」
フェイスのぬくもりと先っぽから出続けるいやらしい体液が絡みあい、潤滑がよくなって、繋がった場所からぬちぬちと粘っこい音が跳ね、荒い息遣いに重なる。
「愛されるあなたを見たい。でもきっとその前にジョンはあなたを叱るわ。だって……こんなにみだらなんだもの」
「あ、あ、ッ……!」
躯幹が拘攣する動きにあわせてパイプベッドの足が軋んだ。金属が歪む耳障りな音は頭の中で響く理性の悲鳴のようにも聞こえた。
「あなたは生まれ変わらないといけない。そのための言葉なのよ」
「う、ぐ」
吐き出せない欲望を溜めた根元の肉袋を揉みしだかれ、目の前で火花が散る。
限界だった。
「YES、YES……!」
喉の奥から声を絞り出した。
「よく――言えました」
フェイスは微笑み、シーツに手を突いて身を乗り出して、額に口付けてきた。生じた風が馥郁とした香りを運んできた。
彼女は髪を一房耳に掛けると、ベッドから降りた。
刺激されたナニはみっともなく勃起したまま、彼女に触れられることを希求していた。
「YESと言ったな」
生臭い静寂を破ったのは、今一番聞きたくない男の声だった。
靴の踵が揚々と床を打ち付ける音に怯む。
すぐそばで足音が止まって、真横から薄ら笑いを浮かべたジョンが覗き込んできた。
「ああ……浅ましいなぁ、欲情した男の顔だ。保安官がしていい顔じゃあない」
ジョンの視線が無防備な下肢へ滑る。剥き出しの股座を見られている。情けなくて仕方がない。
「さて……まず色欲に塗れたお前の腹の一番深いところを、俺が暴き、埋め、満たしてやろう」
「…………!」
へそのすぐ真下を軽く叩かれ血の気が引いた。
胸から下腹部まで大きく裂かれ、空っぽの胴体に「祝福」を詰め込まれてトンネルの入口で逆さまに吊るされていた死体を思い出したからだ。
赤黒い肉の間から血のこびりついた白い花弁がいくつも飛び出した無残な死体は、ホランドバレーに足を踏み入れてから見るようになった。
ジョンが白い歯を見せて笑った。
「俺の腹を裂くのか!?」
「シーッ、大丈夫、言ったでしょう、ひどいことはしない。怖くないわ。あなたの身体はジョンを受け容れて生まれ変わるの」
ベッドの真横にしゃがみこんで、マットレスにもたれかかったフェイスが幼い子供をなだめるような口調で言った。
「受け容れるって……」
「あなたのお腹の中を、ジョンが満たしてくれる」
「満たすって……は、うそだろ、俺は男だぞ……」
「私がついてる。大丈夫よ」
フェイスは世界一残酷な笑顔を向けてきた。
「よかったな保安官」
愚鈍のように放心していると、いつの間にかベッドに乗り上げたジョンが膝立ちになって、こちらを見下ろしながらベルトを外し、ジーンズの前を寛げていた。
必死になって裾の余った足をばたつかせてジョンを蹴り飛ばそうとするが、両足の膝裏を掴まれて、押さえ付けられ、悪足掻きにもならなかった。
ジーンズは中途半端に膝で引っ掛かって、下着はほとんど脱げて尻が丸見えだ。赤ん坊の頃に母親におむつを替えてもらう時以来だろう、こんな格好になるのは。
「……くそッ」
せめてジョンを視界から追い出そうと顔を横に向ける。
フェイスの顔がすぐそばにあった。
「いい子ね」
彼女は柔らかく笑って、脂汗の浮いた額を撫でつけてきた。
「ねぇ知っている? はじめては、中が相手の形になってしまうんですって。あなたのはじめてはジョンね。ジョンが羨ましい」
恐る恐るジョンに視線を移す。彼の足の間で、形のいい雁高の性器が角度をつけていた。先端は先走りでぬらぬらと照っている。
さぁどうぞと言わんばかりに向けられた尻の中央に生々しい弾力が押しあてられた。はっと息を飲んだ瞬間、疼痛が腹の底から脳髄を一気に貫いた。
「……ッ! ……がッ……!」
喉が反った。肺に残っていた酸素が開いた唇から漏れ出る。
粘膜を割ったペニスは雁首の出っ張りで一度引っかかったが、ジョンは強引に窄まった孔に突き入れてきた。
「あッ、ぁ、やめ――」
「お前が暴れれば暴れるほど挿(はい)っていくぞ」
押さえ付けられた膝が胸に乗って、尻がシーツから浮いた。
「む、無理だ、それいじょ、あ、うッ、抜いて……あ、ぁ……!」
臓腑の隙間を少しずつ押し広げられる未知の感覚に口をはくはくと動かして懇願するが、ジョンは聞き入れてはくれなかった。
ジョンはゆっくりと体内を暴き、狭い肉壁を擦り上げながらさらに奥へと潜り込んだ。
ぐちゅっと湿った音がして、頸烈な痺れが背骨を駆け上る。瞬く間に生理的な涙が湧いて、息が詰まる。目の前が水っぽく歪んでよく見えなくなって
「半分挿った」
ジョンの溜息混じりの声が耳朶を撫でた。
「泣かないで。大丈夫。ちゃんと見ていてあげるから」
「……ッ」
耳元でフェイスが囁く。剣呑に眉を寄せ、必死に酸素を取り込んだ。
抜き差しがはじまって、腹の中を掻き混ぜられる。身体が熱い。
「ひッ、い、あ……あ、ぁ」
腹を拓いたジョンのペニスは潤滑よく粘膜を行き来する。体内を蹂躙される得体の知れない感覚に全身が打ち震え、情けない声を上げて慄いた。
「キツいな、よく締まる」
腰を揺すりながら、ジョンは息を乱しはじめる。浅いピストンにあわせて、すっかり縮こまった自身の性器が腹の上で滑稽なまでに弾んでいる。排泄時と同じ脱力感に肌が粟立った。
「ぐ、ッ、う、ぅ」
体内を埋める圧迫感に歯を噛み締める。
「保安官、愛されたいのなら俺を見ろ」
「お前にッ、愛されたく、ないッ」
瞬きを繰り返すと、眼球に膜を張っていた涙が目尻から流れた。
「だめよ。そんなこと言わないで。あなたは愛されていいの」
フェイスの柔らかい唇が頬に押し当てられる。ちゅっと小さなリップ音が跳ねたが、肉と肉がぶつかる湿った音に掻き消された。
ジョンに腰を抱えられ、根元まで深々と挿入された滾りはみちみちと肉壁を掻き分けていく。
ついに尻たぶとジョンの下腹部が重なったが、彼はなおいっそう腰を押し付け、股座を密着させてきた。
「ここがお前の最奥か」
腹の内側を詰るように叩かれて悲鳴じみた声が出た。
「ここを満たしてやる」
引いては叩き付けられる猛々しい肉杭の凶悪さに声も出せなくなる。腹の内側を挽き潰される衝撃はあまりにも大きく、電流でも流されたのではないかと錯覚する。
尻たぶと張り詰めた睾丸がぶつかりあう破裂音に、腹の底から押し上げられるようにして漏れる無様な濁った声が被さる。身体は硬直と弛緩を繰り返し、痛みと快楽を受け容れつつあった。
探るようなゆっくりとしたストロークから、本能に任せた荒っぽい動きへと切り替わる。
「おご……あ、ぁッ」
腹の中を叩かれる衝突に怯え、仰け反り、喘ぐ。湿った肉がぶつかるたびに羞恥心が削り取られていく。
「ん、んぉ、あああ……」
疼痛はいつの間にか少しずつ形を変え、今や手に負えないみだらな興奮となって腹の中で煮え、脳髄からねっとりと糸を引いて滴る官能と混ざり合って芳香を放っている。
股座では萎えていたペニスが硬く膨らみはじめる。
呂律が回らなくなってきた。
いっそのこと、涙と鼻水まみれの顔を兄妹に晒しながら、与えられる甘美な熱情をこのまま享受してもいいのではないかとさえ思えてくる。ジョンにこの火照る身体を冷ましてほしい。
「ああ……保安官、ひどい顔だ」
「見る、な……見るなぁ……」
「お前のすべて俺に見せてみろ。できるだろう。保安官?」
「……ッ、う、ぐ……ジョン」
頭の中で弛んでいた理性の糸が張って引き千切れた。
「う、んぅぅ……」
深く息を吐き、何度も顎を引いて小さく頷いた。被さるジョンの均整の取れた背中にしがみついてしまいたかった。
「そうだ、それでいい」
ジョンの青い眸が近くなって、額が重なる。髭に囲われた唇がすぐそこにあった。彼は器用に小刻みに腰を打ち付けて、唇を塞いできた。
下唇を食まれ、口腔でくねる舌を呑み込まれ、吐息が繋がる。ジョンの吐息はミントの香りがした。
慈しむような口付けに、下腹部がじんじんと熱くなる。ジョンを受け容れた体内は彼の形を覚えようとするかのように収斂し、彼を欲し、悦びを貪っている。
「そう締め付けないでくれ。どこまでも貪欲だな」
鼻の先が触れる距離でジョンが言った。
「さぁ、ラストスパートといこう」
上体を起こした彼は、膝裏を掴むと、大きく腰をくねらせた。抑えていたみっとない太い声が垂れ流しになる。
「…………! ッ、あ、ぁ……!」
肉管の行き止まりを突かれて全身が強張った。ぶつかった肉と肉が弾ける。指先にも力が入らなくなって、されるがままに揺さぶられた。
「ジョン、よ、よせ、く、くる……!」
掠れた声を上げるのと、ふたりの腹の間で勃っていた自身の先から、勢いのない白濁がとろとろと溢れ出るのはほぼ同時だった。間歇的に漏れ出て伝い落ちた体液はへそや下毛を汚した。
味わったことのない快楽に、気を失ってしまいそうになる。
揺れる視界の中で、不意に、眉を寄せてジョンが小さく唸った。
前後に動いていた腰が止まり、僅かに引いたあとに深々と打ち付けられた。その一刹那の間に熱が広がって、腹の中を満たしてく。
「……ッ、ぁ……は、ぁ」
唇の隙間から出たのは、か細く媚びた声だった。
「俺が暴き――埋め――満たした」
腹の中に種を蒔き終えたジョンは、馴染ませるように腰を緩やかに動かした。
「保安官、俺はお前を愛そう。お前の罪も許そう」
ジョンが身じろいで、腹を穿っていた激情が去った。呼吸に合わせて煽動する粘膜の肉襞の間に溜まっていた種が逆流して、ぽっかり空いた孔から溢れ出た。
夢心地の余韻に浸っていると、額にフェイスのキスが落ちた。
「あなたに祝福を」
甘ったるい声に、意識が撹拌され、途切れた。
澄んだ歌声が聴こえる。知っている女の声だ。
耳に馴染む声に、朦朧とした意識がゆっくりと覚醒する。
目の前は薄暗く、ぼやけている。瞬きを繰り返すと、視界がクリアになって、灰色の天井に何本ものパイプが交差しているのが見えた。
配管を視線で辿ってみたが、接続先は見えなかった。視界の端で剥き出しの電球がぶら下がっていて、弱々しく明滅しているのが確認できただけだ。
足元を見ると、手錠がふたつシーツの上に転がっていた。
歌が途切れた。
「あら?」
フェイスの顔が横から現れた。
「……フェイス」
「やっと起きたのね。さ、行きましょう」
手を引っ張られ、横たえていた身体を起こす。
「あなたは私たちを受け容れた。だからこれからはずっと一緒よ。ずうっと一緒」
フェイスは可憐に微笑んだ。
絡まった彼女の指を握り締めて、腰を上げる。
立ち上がった拍子に、尻の下でパイプベッドの足が惨めな音を上げた。