ユースティアのネデア騎士団総監就任を祝うパーティがラドモア家で開かれることになった。
ラドモア家を養家とする俺も招かれていたので、その夜ばっかりはちょっとだけ不満そうなリィコに留守を頼み、正装をして久しぶりにラドモア家を訪った。
ラドモア家はアベルフラウ国の中でもとりわけ大きな家というわけではないが、ユースティアの父であるラウル公を慕うものは多い。じいちゃんが死んで、彼に引き取られて育てられた俺もそのひとりだ。彼の娘であるユースティアもまた人望が篤い。きっと今夜は、大勢の人が彼女を祝いにきているだろう。
想像通り、懐かしい屋敷は、名だたる貴族や騎士団の上層部が集まって賑々しかった。
本日の主役であるユースティアと話したかったが、難しいかもしれない。麗しい華やかな青いドレスを着た彼女は、吹き抜けになった舞踏場の二階で、要人たちに囲まれていた。
優雅な音楽が流れるパーティ会場で、豪勢な料理の並んだテーブルの前に佇んで、果てどうしたものかと考えあぐねていると、「そこのお方」横から聞いたことのない柔らかい女性の声がした。
顔を巡らせると、赤いドレスを纏った華奢な若い娘と目が合った。どこかの家の令嬢だろう。ワイングラスを片手に目を丸くさせていると、彼女は「わたくしと踊ってくださらない?」魅惑的に微笑んだ。
曲が変わるのと同じく、会場の雰囲気も変わった。
パーティのメインである舞踏だ。舞踏会が好きな父のために用意したのだが、よりにもよって忙しいこんな時に……
ユースティアは唇を引き結び、一階の舞踏場を見下ろした。男と女が次々とペアになって、手を握り、つがいのように身を寄せていく。情熱的に見つめ合って曲に合わせて踊る男女の群れの中に、会いたくて仕方がなかった男の姿を見付け、ユースティアの視線は釘付けになる。
「……伯爵……」
共にこの家で育った幼馴染。志を共にする同志。ユースティアが想いを寄せる唯一の男……
彼は、赤いドレスの令嬢と踊っていた。彼のことだから、誘われたに違いない。それにしても——。
なぜこんなにも胸がざわつくのか。
ユースティアは上っ面の祝辞をいつまでも述べる男に上辺だけの礼を言い、ゆっくりと階段を降りてダンスホールに向かった。
「ねえ、あの方、ハンサムじゃない? どこの家の方なのかしら?」
「わたくしもエスコートされたいわ。声を掛けてみようかしら」
頬を染めた令嬢たちが、伯爵を見てひそひそと話し、くすくすと笑っている。それを知らない伯爵は、赤いドレスの令嬢と別れたあと、呑気にワインを飲んでいる。
彼の背後から近寄ってきた令嬢たちを牽制するように、ユースティアは彼を呼んだ。あえて親しみを込めて、名前で。
「ユースティア」
令嬢たちの顔が一瞬ふくれっ面になるのをユースティアは見た。彼が没落貴族だと知ったら離れていくであろう彼女たちは、次の曲がはじまる前に、パートナーを探しに行った。
「ドレス、よく似合ってるよ」
「ありがとう。あなたも素敵——」ユースティアは咳払いをした。「……伯爵」
「ん?」言葉の続きを促すように伯爵は首を傾げる。
「私と、踊って」
「……俺でいいのか?」
「あなたがいいの」
それ以上言葉は必要なかった。彼は微笑んで、子供の頃によくふたりで「舞踏会ごっこ」をした時のように、ユースティアに手を差し出した。
「お手をどうぞ」
胸に温かな気持ちが込み上げた。ユースティアはそっと彼の手を取った。腰を抱かれ、身体が引き合う。頭ひとつ分背の高い彼に身を委ねた。彼の眸にはユースティアだけが映っていた。恐れるものなどなにもなかった。
弦楽器が奏でるのは、この国では有名な、恋に焦がれる乙女の唄だった。
唄の乙女が最後に想い人へ恋心を伝えるのと同じく、胸に秘めている気持ちをいつか彼に伝えたい……
時間が止まってくれることを祈りながら、ユースティアは踊る。重なった掌から伝わる彼の体温が愛おしい。
鼓動も瞬きも混ざり合って、ふたりは夜に溶けた。