勝手に崩れゆく

 目は口ほどに物を言う――まったくその通りだ。
 眸は言葉や感情だけでなく、心も映し出す。眸を見ればその人物の腹の内がわかる。なにが言いたいのかも、なにを考えているのかも、分割思考で読み取るまでもない。まなざしとはそれほどに人となりが出る。
 特に立香はわかりやすい。彼女は健気で、純粋で、優しく、強かで、決して折れない心を持っている。清らかな立香の眸に宿るのは、星空にも似た生命の輝きだ。そして、その奥には暗雲のような懊悩がある……
 汎人類史を一身に背負う人類最後のマスターである彼女は、これまでの旅路の中で、多くのものを得ると同時に、多くのものを失ってきたのだろう。人間は手に入れたものよりも、失ったものの方が忘れられないものだ。プトレマイオス自身、かつての友たちを追憶の彼方へと追いやり、しんしんと沁み入る痛みを幾度となく堪えてきた。
 立香にとっての失ったものがなんであるかは想像に難くない。
 彼女の心には罪悪感や悔恨が降り注いでいる。それらはやがて卵の殻を破る雛のように心の外側へ溢れようとする。どんなに強い心であっても、亀裂が生じれば内側から勝手に崩れゆく。
 彼女の罪悪感を少しでも肩代わりできたらいいとプトレマイオスは思う。空が翳れば星は見えなくなる。そうなる前に彼女を救いたい。藤丸立香という唯一の存在を護りたい。そのためならばどんなに手を汚しても構わない。
 知謀を巡らせよう。盾となり剣となろう……
「しかし、それは吾の独りよがりかもしれんな」
 ベッドに寝転んで書を読んでいる立香の頭に掌を置いて無造作に撫でながら、プトレマイオスはぽつりと呟いた。
「わ、なに? なにが?」
 目を丸くさせた立香は、なにがなんだかわからないとでもいうようにプトレマイオスを見た。
「気にするな。影法師の独り言だ」
 目を細め、鼻息をつく。身じろぎすると、尻の下で体重の移動を受けたマットレスが深く沈んだ。
「ねえ、プトレマイオスも一緒に読みませんか?」
 身体をベッドの端に寄せて、立香は隣をぽんぽんと叩いた。
「そうさせてもらおう」
 プトレマイオスは肘枕を突いて横になった。シーツには体温が残っていて暖かかった。
「もっと近くに来てください」
 柔らかく細まる琥珀色の眸が魅惑的に潤んでいる。
 星が瞬いている――。
 プトレマイオスは曖昧に微笑んで、書を覗き込んで、歯を食い縛った。
 独りよがりであってもいい。この尊い輝きを失うわけにはいかない。