夜よ機械たちのために

 皮付きで溢れた夜の街は臭い。
 軒を連ねる飲食店からは料理の匂いが漂い、そこへ路地裏の尿の臭いが入り混じる。道を歩けば汗の臭いや香水の臭い、整髪料の臭いが嗅覚センサーに垂れ込み、他にも酒や煙草の……ああ、兎にも角にも、人の営みというものは臭い。
 至る所でギラつくけばけばしいネオンの燈は、繁華街の夜の騒がしさを暴いていた。
 人混み溢れる繁華街の真ん中で、私はパスファインダーの買い物に付き合わされている。
 午後八時となればシャッターの降りた店はまだ少ない。ジャンク用品を扱う店でロボット用のリペアパーツを大量に買い込んだ彼は、すっかり上機嫌だった。
「ショッピングってとっても楽しいね!」
 胸部ディスプレイで微笑みながらパスファインダーは振り向いた。フン、と排気して顔を逸らす。
「レヴナントはなにも買わないの?」
「必要なものなどない」
「うーん、僕の買い物に付き合わせちゃってるね。ごめん。そろそろ帰ろうか。近道して帰ろう、こっちだ」
 パスファインダーは両手に抱いた紙袋を抱え直して、人の波を割って、燈のない路地裏の方へと歩を進めた。彼のあとを追うと、そこは賑々しさのかけらもない、薄汚い路地裏だった。足元に視線を落とす。ドブネズミの一家が列を連ねて闊歩していた。
「この道が近道なんだよ、この間見付けたんだ」
 黒いアスファルトに二機の影が伸びる。
「今日はとっても楽しかった。付き合ってくれてありがとう。なんだか、デートみたいだったね。僕ばかりが楽しんじゃったけど」そうだ、とパスファインダーは続けた。「今度は君の行きたいところに行こう。君の好きなところに僕も行くよ。どこがいい? 星がよく見える北の丘かな? それとも宝物がたくさんある南の廃工場?」
「……お前の倉庫でいい」
 ぽつりと呟くと、パスファインダーは胸部ディスプレイを一瞬でピンク色に染め上げた。
「それって僕の家を気に入ってくれてるってこと?」
「……早く行くぞ。私は疲れたんだ」
 無論この鋼鉄の身体は疲労など感じない。けれど、立ち止まったパスファインダーはなにも言わなかった。背後から金属がアスファルトを打ち鳴らす音がして、パスファインダーが駆け寄ってきた。
「嬉しいよ! 今度は僕の家でゆっくりしようね」
 か細い月明かりがパスファインダーの青々とした装甲を照らし出す。
 生臭い静寂が二機の距離を縮めた。