ドアを控えめにノックすると、中から「どうぞ」とくぐもった声が返ってきた。ドアノブに手をかけるとドアはあっさりと開き、中から柔らかな緋色の燈が廊下に漏れ出た。
「コーヒーを淹れたんだ」
手にした黒いマグカップを片手に、デスクにむかっている部屋の主の元へゆったりとした足取りで歩み寄る。
「ありがとう、ジェイムス」
タイプライターから離れて椅子にもたれ、ハリーは白い歯を見せて微笑んだ。精悍な顔に、少し疲れが見えた。それもそうだ。ほぼ一日中原稿の執筆をしているのだから。
ハリーの手元に湯気の立つマグカップを置く。振動が伝わって、中で乳白色のコーヒーが波紋を作った。リラックスできたらと思い、砂糖とミルクを多めにしたが、気に入ってくれるだろうか。
ハリーは早速一口すすった。「ああ、うまい」
ほっとした。ハリーが喜んでくれてよかった。
「少し休んだらどうだ?」
「うーん、あとちょっとで書き上がりそうなんだ」口元に寄せたマグカップを傾けて、ハリーは続けた。「そうだ。なあジェイムス、この原稿が終わったら、映画でも観に行かないか。最近二人の時間をゆっくり過ごせてないだろう?」
ハリーの言う通り、ここしばらく二人の時間はなかった。甘ったるい時間は尚更だ。
「楽しみにしているよ」
胸の中があたたかくなって、思わず屈んでハリーの頬に軽くキスをする。
「めずらしく積極的じゃないか」
目尻に笑い皺を作り、ハリーは言った。「そそるな」
「休憩する気になったか?」首を傾げると、ハリーが頷いた。
「息抜きに〝運動〟したくなった」
「コーヒーが冷めるぞ」
「冷めてもうまいさ。……な?」
立ち上がったハリーの手が腰に回る。抱き寄せられ、額を重ね、引き合うようにキスをして、じゃれあうようにベッドになだれ込んだ。