一匹の蝶が目の前を横切っていった。きれいな青い蝶だった。ひらめく艶めいた翅に惹かれて視線で追う。自然と足も動いた。草木を掻き分けて蝶に導かれた先には、小振りな黄色い花弁を有した花が一面に咲き誇っていた。芳香を放つ花畑の真ん中には、殺したはずのフェイスがいて、鼻歌混じりにくるくる回り、明るい褐色の髪とワンピースの裾を踊らせていた。
彼女はこちらに気付くと薄桃色の唇を綻ばせ、鷹揚と歩み寄ってきた。
「きてくれたのね」
風が一陣吹き抜けて、花の群れをざわざわと揺らした。
「ずっとあなたを待っていた」
「なんで……私はお前を……」
——殺したのに。
言葉の続きは勢いをなくして足元に転がり落ちた。
私はほんとうにフェイスを殺したのか? 彼女は死んだ? あの戦いも、泥と血に塗れたフェイスの悲哀の混じった顔も幻覚だったら?
胸の内側で心臓が暴れはじめ、指先から血の気が引いていく。
「ひとりで踊るのはつまらない」
フェイスは柔らかく笑った。
「一緒に踊りましょう」
肉の薄い掌とたおやかな指が目の前まで伸びてきた。白くて美しい手だった。銃のグリップを散々握ってきた私の手とは違う。
「私の手を取って」
「……いや」
「どうして?」
フェイスの柳眉が寄る。まっすぐにこちらを見詰める眸に、みるみるうちに涙が溜まっていく。
彼女の手に触れたらどこか遠くへ連れて行かれてしまう気がして怖かった。二、三歩後退ったところで、フェイスの左目から涙が零れた。
「そうやって、私を置いていくのね」
生温い風がふたりの間を吹き抜けた。
「でも私はあなたを離さない」
馥郁とした魅惑的な花の香りは、血の臭いに変わっていた。
この場所は、地獄の入口なのかもしれない。